2014年12月アーカイブ

 先日、論創社の森下紀夫社長から渡された小泉孝一さんのインタビュー本『鈴木書店の成長と衰退』を読んでみた。10年前に倒産した鈴木書店の生え抜きのひとりとして創業者の鈴木眞一氏を支え、苦楽をともにしてきたこの取次人の発言記録は、わたしにもたいへん興味あるものであり、鈴木書店時代の最後のころと、請われてベイトソンなどの翻訳を出している小専門書出版社の社長を引き受けていた時代にとても親しくつきあわせてもらった者にとって、さまざまな情報をもたらしてくれるものであり、感慨深いものがあった。
 この本には未來社と先代のことも何度か言及されており、西谷能雄が紀伊國屋書店松原社長と鈴木書店とのトラブルに介入した話など、わたしも知らなかった。日販が鈴木書店を買収しようとした話もあり、また、わたしが、当時、岩波書店とともに鈴木書店の経営に参画していたみすず書房の小熊勇次前社長(当時)の意向を受けて、トーハンの金田新社長に鈴木書店の買収を打診しに行った話(西谷能雄となっているのは能英の間違い)のことも出てくるし、鈴木社長のあとをうけた宮川社長との古くからの軋轢のこともいろいろ出てくるし、社内改革に苦慮している話も何度も聞かされた記憶がある。それぞれ腑に落ちる話である。わたしが岩波書店やみすず書房、東京大学出版会などに声をかけて小泉さんを中心に「鈴木書店を励ます会」をつくってしばらく定期的に会合をしたこともあった。結局、小泉さんは退社に追い込まれて、そうした協力関係も生かせなかった。このインタビューを読むと、小泉さんも言うように、鈴木書店がなんとか存続していたら、いまの出版不況にたいしてなんらかの打開する力になっていたかもしれない、というのはすこし未練がましいが、ほんとうである。
 しかし、この本の最後でインタビュアーの小田光雄が書いていることを読んで、愕然とした。なぜなら、このインタビュー(2011年10月)の校正をいちおう終えたあとで、3年ちかく小泉さんと連絡がとれなくなってしまい、「未刊のままで放置するのはしのび難く」刊行に踏み切ったこと、「最悪の場合はこのインタビューが遺書として残された」可能性があると、書かれていたからである。そう言えば、いつも年賀状をやりとりしていたが、このところ途絶えていたな、といまさらながら気づいた。このインタビューに同席したらしい後藤克寬さん(元鈴木書店)がJRC(人文・社会科学書流通センター)を立ち上げるときにはわたしや森下さんらとともに支援の中心になってくれたのが小泉さんだった。いっしょに何度か呑んだが、あの明るく歯切れのいい声をもう聞くことはできないのかもしれないと思うと、なんだかひどく世の中がますますさびしく思えてくる。(2014.12.30)

 未來社版「日本の民話」シリーズ全七五巻・別巻四冊が第1巻『信濃の民話』をもって刊行開始された一九五七年からすでに半世紀以上が経過した。それぞれ何度も増刷してきた看板のシリーズであったが、なにぶん版が古いものが多くなり、活版印刷が事実上消滅してしまったことなどもあって、新たな増刷がむずかしくなっていた。
 一時は未來社版五二巻分を元版として製作されたほるぷ版「日本の民話」全二六巻がたいへんな売行きを示したこともあり、ほかにも何種類か同様の企画もあったりなどしたうえに、未來社版を使って一九七五年にはじまったTBSテレビでのテレビアニメ「まんが日本昔ばなし」が市原悦子さんと常田富士男さんの名語りで毎週ゴールデンアワーに放映されたこともあって、空前の「民話」ブームを巻き起こしたことはご存じの方も多いだろう。番組の終りにテロップで未來社版の出典が流されたことも他社の羨望の的になっていたこともなつかしく思い出される。その後、各社の同工異曲の民話本が刊行されたりしてしだいにブームも下火になったが、未來社オリジナル版シリーズは定評があり、いまにいたるも要望はたえず、品切れになった巻はやむをえずオンデマンド本作成でもって対応させてもらってきた。
 このオンデマンド本は元版からそのまま製版したものだけにその雰囲気はともかく、お世辞にもいまの読者に馴染みやすいものとは言えず、さらには定価も相対的に高くならざるをえず、本の性格上ひろく読まれるには難があった。それでもオンデマンドという方法は品切れになることがないので、どうしても必要とする読者には応えられるというのが唯一のメリットであった。それにしても、なんとか対応できないかと苦慮していたところへ、思いがけないかたちでチャンスがまわってきたのである。
 二〇一二年の経済産業省が関与した「コンテンツ緊急電子化事業」のさいに本シリーズの東北篇十一冊を電子化したのをきっかけに、オンデマンド印刷会社デジタル・パブリッシング・サービス(DPS)の強力なバックアップを受けて全巻のデジタル化=テキストデータ化を実現できたのである。このデジタル化したデータを使って紀伊國屋NetLibraryおよび丸善eBook Libraryでの大学図書館向けライセンス販売をDPSを介して展開してもらう一方で、今度はこのテキストデータを利用してシリーズ全巻の再刊を実現しようということにした。
 テキストデータはOCR(文字読み取り機)を使ってかなり精度の高いデータができており、これを徹底的に読み直して校正をしながら、わたしのテキスト実践技法をフルに応用して完全入稿原稿を作るという方法で、正確かつスピーディーでローコストの再刊が可能となる。こういったやりかたでやれば、企画から編集段階での著者とのさまざまなやりとりの手間とコストがかかる通常の新刊のおよそ一~二割程度の手間で一冊の新刊ができることになるわけである。読者が手に取りやすい判型と価格での実現を考えている。これには主要取引先の萩原印刷の理解ある協力によってより実現がしやすい環境が整いつつあることも言い添えておかなければならない。
 わたしもさっそく第1巻の『信濃の民話』を手始めに第【11】巻の『沖縄の民話』を手がけているところであり、このシリーズ用にさまざまな編集上の手法やテキスト一括処理用のマクロなどを開発中で、そうした方法を取り込むことによって編集作業がさらに高度化できるのではないかと思っている。もちろん、こうした技法や手法だけではなく、本の内容をしっかりと再現するべく校正と読み込みに気を入れなければならないのは言うまでもない。
 しかし、たいへんうれしいことには、わたしの予想をはるかに超えて、これらの民話がなんとも心温まる話が多く、感動しながら読むことができることであって、読み直しをかねた校正がすこしも負担であることなく楽しいことである。ときに悲しい話や残酷な話があるのはこの種の話では往々あることでいたしかたないが、こうしたこともふくめて、日本人のこころのふるさととも言うべき民話の豊かな民衆的伝承の世界は、いまのぎすぎすした経済主義一辺倒に成り下がった日本人のこころの原点を指し示す非常に有意義な世界を開いてくれる。これからの子どもたちに本が提供するすばらしい世界を知ってもらうことにもつながればたいへん意味のあることだし、本を読む習慣を早くから身につけてくれる機会にもなってほしい。このシリーズの再刊を思いいたった理由である。
 そこで残るのは製作スケジュールと販売方法の検討である。はじめは全七九巻を全巻プレミアム予約というかたちで一挙に全巻再刊してみようと思い立ったが、どうもそこまでの社の体力があるとも思えないので、たとえば毎月三冊ぐらいを定期配本していくような手法を模索中である。これだけ大きな企画は未來社でも経験がないので、どういう方法や可能性があるのか取次や書店の専門家にこれから教えてもらう必要がある。同時に電子書籍化も視野に入れているのでなおさらである。あまり無謀なことは避けなければならないが、すくなくともすでに実績のあるシリーズだけに失敗する危険はないだろうが、今日のような出版不況のなかでなんとかそれなりの成果を挙げたいと思っている。(2014.11.30)