10 専門書は新たな知を発見する

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 一般読者の「ニーズ」に対応して、これらに応えるべく書かれてきた一般書、実用書にたいして、情報の消費を目的としない別の意図をもって書かれたのが専門書と呼ばれる一群の出版物であるととりあえず定義することができる。それらは読者の「ニーズ」に応えるために書かれたものではなく、書き手にとってどうしても解明せずにはいられない主題が必然的にもたらした結果である。そういうものはあらかじめ誰にも知られていない知や価値の発見であって、書き手にとってさえ書き進めることによってはじめて見いだされた真実、場合によっては予測できていたかもしれないが細部にわたって解明できていなかった真相である。読者はもちろん、誰にも発見されていなかったこうした事態をすぐれた専門書は世界にはじめてもたらすのである。
 すぐれた専門書は刊行され解読されてはじめて世の中の財産目録に加えられることができる。すぐれた文学書がすべてそうであるように、書かれるまえにはどこにも存在しえなかった世界への窓、世界認識のしかた、こんな物事の見方があったのかという驚き、こうしたものがすぐれた文学のそれぞれがもたらすものだとすれば、さまざまな知への学問的営為とも言うべき専門書の成果とは、それぞれの学問的見地から学問や科学の最先端を探求した結果ようやくにして獲得できた知なのである。こうした発見の価値が刊行当初においては十分理解されないことがあっても、あるいは一般にはなかなか理解されないことがあっても、時間がたてばそれが人類の文化の向上に計り知れない価値をもたらすことは、これまでの世界史が十分に証明していることである。それらは世界の古典になっていくのである。
 こういう価値のある専門書が最初から一般に読まれるということはよほどのことがないかぎりありえない。つまりそこに既成の価値観でしかない「ニーズ」は存在しないからである。かつて経済主義一辺倒の規制緩和論者が「ニーズ」のないところに出版はありえないとか言った愚劣な意見を開陳していたが、そんな程度の「ニーズ」を充たすだけの出版物だったらとっくにインターネットの情報提供力に負けてしまっている。発見的知としての新たな「ニーズ」こそが文化を前進させる。このような知をもとめる出版物は、最初から成功を約束されているわけではないので、小部数出版にならざるをえない。いまのマスコミなどではほとんどそうした真価をとらえられないためにまず紹介されることはないから一般に知られるには時間がかかるが、いずれはすぐれた理解者を得て知られていくことになる。すぐ売れなくても価値の高い専門書を発掘し、刊行していくこと、それが専門書出版社の最大の役割なのである。(2012/1/8)

*放送大学教材用の下書き稿の一部を転用しました。

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未来の窓 1997-2011

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