54 書店の現場を知るための一冊――佐野衛エッセイ集『書店の棚 本の気配』を読む

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 元東京堂店長の佐野衛さんのエッセイ集『書店の棚 本の気配』(亜紀書房)が刊行された。この11月には出版記念会も開かれる予定である。そう言えば、ちょっと前にも定年前に退職することになった佐野さんを激励する会があったのを思い出す。そのときには佐野さんについては言いたいことがあると幹事役の白石タイ塙書房社長に伝えておいたら、なんと出版社を代表してひとりだけ佐野さんへの挨拶をさせてもらったことがあった。言いたいことのほんのすこししか言い切れなかったような気がするが、持谷寿夫みすず書房社長からは挨拶がうまくなったとか、いちおうのお褒めももらった。もっとも以前がよっぽど下手だと思われていたからだろうが。事実、そうなんだけどね。そもそもこういうスピーチ嫌いだし。
 そんなこともあって、このエッセイ集についての感想のひとつも書いておきたい。先日のツイッターでも触れたが、哲学書も書いている佐野さんらしく、哲学者の引用が最後のほうは多くなっている。ハイデガーやショーペンハウアー、ニーチェ、ヴィトゲンシュタイン、マルクス、それに廣松渉......といった具合。意外なのが小林秀雄についての言及がけっこう多いこと。そっちの方にも目配りしていたわけね。それからバッハしか聴かないという趣味も、へェー、という感じ。そんな佐野さんが東京堂書店という場を通じて本と人との出会いをどれほど演出していたのかがこの本を読んでいるとよくわかる。一見とっつきの悪そうに見える佐野さんが作家や物書きなどにも気に入られていることがわかって、なぜだかホッとする。わたしなんかよりよっぽどつきあい上手なんだ。出版界の知り合いもたくさん登場するが、わたしはいちども出てこない。残念な気もするが、もともとそんなにしょっちゅう出かけていたわけでもないから無理もないし、そもそもわたしなどお呼びでなかっただけかもしれない。(*)
『書店の棚 本の気配』にはそういう交友録から書店論、本とは何か、といったさまざまな話題が提供されていて、本好き人間の多面的なエッセイになっている。いくつか気にいった文言を以下に引いておく。
《本を探すということは、自分の内部のコンテクストを外部から触発されるということであり、そのコンテクストをさらに構成していくことである。この過程でさまざまな本が立ち現れてきて、それらをつぎつぎに手にとってみては内容を探るのである。》(14ページ)――本に触発されるということは自分の内部にそれを受け入れる準備がなされていることである。佐野さんはそういう準備のできているひとりである。
《もともと本というのは結果であり、それは必要なことを記述したものなのではないかと思う。アインシュタインの『相対性理論』や、ケインズの『一般理論』は、とてもベストセラー狙いで出版されたとは思えない。その内容が人間社会にとって必要だから本にしたのである。それが本として文化を支えてきたのだと思う。売って儲けようとして本を書いたのではない。》(95ページ)――まったくその通り。わたしの『出版文化再生――あらためて本の力を考える』ではそのことを主張している。これにつづけて佐野さんはこう書いているではないか。《転倒した出版文化というのは、いま述べたように必要な内容を記述するのが本であったものを、本という製品の産業形式が必要性を要請するようになってきてしまった、ということである。必要な本を出版するのが出版社なのではなく、出版産業を維持する必要が本を出版しているというのが現状ではないかという事態にたちいたっている》と。佐野さんの静かな怒りがこめられている。
《必要な本を読む読者は必ず存在する。こうした読者の数は多くないが、自分に向いた本が出れば必ず興味をもつのであり、その数は昔からそれほど変わっていない。この部分の活字離れはないと思う。こうした本を出版しようとしている編集者もまた必ずいる。》(96ページ)――そうであってほしいとわたしも念願しているし、そうした編集者のひとりであるつもりだ。
《書店はできる限り多様な読者のために役立てるような品揃えをしておければいいと思う。昔、わたしが教えられたのは、やむなく商品を絞っても、客層は絞るなという教えであった。》(97ページ)――こういう書店人ならではの発想はなるほどと思わせられた。専門書出版社はどちらかと言えば、その逆で、読者層を絞り込んでいく傾向にあるからだ。しかし、こうした本を作る側と受け入れる側の双方向へのそれぞれのベクトルがうまく作用してこそほんとうの出版文化の未来が開かれるのである。佐野さんは現場から離れたが、それにつづく書店界の人材が出てきてほしいと切に思う。

 *本稿の初出である「西谷の本音でトーク」ブログをアップしたら、それをすぐ読んでくれた佐野さんから電話があり、未來社のことも元原稿では書いたのに、ページ数の都合で割愛されることになったとのお詫び。こんど原稿を見せますと言われた。いかにも佐野さんらしい気の使い方で、逆に、半分冗談で書いたことでこちらが悪いことしちゃったかなと思ったぐらいであるが、この稿でもとくに削除していない。(2012/10/18)

(この文章は「西谷の本音でトーク」で書いた同題の文章[サブタイトルを一部修正]の後半を推敲のうえ転載したものです。)

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