88 記録と記憶のなかの丸山眞男

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 丸山眞男さんと未來社の関係は、小社創立以前に遡る。創立者の西谷能雄が弘文堂編集者時代から丸山さんとつきあいがあり、いろいろな事情(世に言う「夕鶴事件」など)があって独立するときに、丸山さんと本を一冊出すという約束があったようである。当時、新進気鋭の著者だった丸山さんの本を出したい何社かと同時にいくつもの企画が進行していたようで、内容も入れ替わったりしたらしい。
 ともかく未來社からはジャーナリスティックな政治学論集を出そうということで、「世界」一九四六年五月号に発表され、世間を震撼させた「超国家主義の論理と心理」をどういうわけか巻頭にいただいた『現代政治の思想と行動』が上下本二分冊で一九五六年とその翌年に刊行されるにいたって、この本は戦後日本を代表する名著の一冊になった。さらに一九六四年に大幅に増補された「増補版」が刊行されるにおよんで、日本の政治学はもちろんのこと、日本思想にかかわる者にとっては避けて通れない一冊になった。
 まだ創業まもない未來社のような小出版社(いまでもそうだが)にこの企画をさらわれた実力ある出版社が編集会議で責任問題をめぐって大もめにもめたという話を聞いたことがある。それほどにインパクトのあった本なのである。
 丸山さんは文庫ぎらいで有名であり、また容易に本を出さないことでも知られていた。『現代政治の思想と行動』の増補版を出すときにも、ゲラに赤字を真っ赤になるほど入れて五校ぐらいまでいったあげく、元に戻ってしまったというエピソードも聞いたことがある。そのゲラは額に入れて、なにかの催しのさいに展示したこともあるが、それほどにも校正に厳格な方だった。いまでもゲラに相当な赤字を入れるひとをみると、まるで丸山眞男みたいな大学者だなと冷やかすことがある。とにかくこうしたスケールの著者はいなくなったというのが偽らざる実感である。(2014/6/20)

*この文章は書店での丸山眞男共同フェアのためのチラシ用に書いたものです。

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未来の窓 1997-2011

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