II-15 編集者というメチエ

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 思いがけないことがいろいろあって、あらためて編集というメチエについて考えている。この「メチエ」ということばは、たまたまホルヘ・センプルンの『人間という仕事――フッサール、ブロック、オーウェルの抵抗のモラル』(小林康夫、大池惣太郎訳)という翻訳を刊行したばかりだからかもしれないが、この本の原題は「Me+'tier d'homme」で、つまり人間のメチエ(仕事、職業、職能といった意味をもつ)とは何かということを二十世紀前半の知識人や作家三人の仕事の検討をつうじて問い直す本に触発されたからである。戦争やナチズム、全体主義といった暗い影の支配した時代のヨーロッパを〈人間〉の本来的なありかたを追求し生き抜いたそれぞれの生のありようを論じた本で、ヒトはいかに生きるべきかを考えるうえで非常に強い刺戟を与えられる。たまたま編集者、出版人として人生の相当な時間を過ごしてきてしまった人間として、いまさらのように過去を振り返りつつ、編集者ときには書き手としての自分のメチエを考えておくのも悪くないと思った次第である。
 そもそもはたして自分は編集者としての資質があるのだろうか、という根源的な反省をしてみる。というより、そんなものはもともとなかったのではないかと思う。家業を引き継いでしまうまえから文学や哲学を好んで読んだり書くまねごとをしていたから、活字の世界が自分のすぐ目の前で開けていくことに当初は驚きはしたものの、どうしてもこれでなければならない、という思いがあったわけではない。いろいろやりたいことがあったせいかもしれないが、よく知っている編集者には根っからの編集者というしかない優秀なひとたちがときたまいる。そういうひとを見ていると、自分はなんといい加減なことをやっているのかと思わざるをえないことはしばしばある。
 そんなわたしだが、これまでなんとかこの道を歩むことができたのは、なにも天職に目覚めたわけでもなにか大きな発見があったわけでもない。わたしのような不向きな人間でも必要に迫られれば、それなりに努力もし我慢もしてきた結果、どうやらこのままこの世界にいつづけるメドが立ってきたようにも思えてくる。必要と思える本(誰に? 誰が?)を作り、必要なひとに手渡していく。本を書きたいひとがいて、読みたいひとがいるかぎり、書物の世界はつづいていくだろう。ただそれがいまや従来のようには採算の合いにくい業種、業態になってきただけのことだ。わたしのように後天的にしか編集や出版にかかわることのできないできた人間には、べつにひとよりよく売れる企画を思いつく才覚もなければ、よりうまく売る方途を見出せるわけでもない。言ってみれば、バカみたいに売りにくい本を作り、それでもなんとかやりくりする芸だけは磨いてここまできたのだが、そうした道程を振り返ればなにがしかの痕跡とも轍とも言えないこともない経歴の厚みだけは増して、なんだかあちこちに人間関係のネットワークばかりがこんぐらがって、そのなかには友情とも腐れ縁とも言えるかもしれないさまざまな綾がついてきただけである。
 こういうなかで編集というメチエはやはりいまの時代、かなりおもしろいものなのかもしれないと思うようになってきたのだから、わたしも相当におめでたいのだろう。編集者の端くれとしてこれまでも行き当たりばったり、思いついたり思いつかれたりして著者とは同床異夢かもしれない真理探究をしてきたわけである。内外ともに数多くの編集者や編集志望者を見てきたが、どうやら編集者というメチエは、わたしのようなのらくら者を別にすると、どうも先天的にあるいは素質的に編集に向いたひとでないと成功しにくいのかもしれない。どういうことかと言えば、どんなささいな情報に接しても企画のアイデアが閃くとか、書き手に何を書いてもらえばいい本が生まれるか想像が自由に動くひとじゃないと、天性の編集者とは言えないのじゃないか、ということである。著者が書きたいテーマやまとめたい論文集を作るなんていうのは、別に創造的な仕事ではなく、せいぜいのところお産婆役をつとめるにすぎない。圧倒的に多数の編集者はこういう水準かそれ以下にとどまっている。そもそも自分が編集にかかわった本が話題になったり売れたりすることに人一倍関心をもてないようなひとは編集者むきじゃないと思う。そうでないと、他人が作った本がどうして話題を呼び、売れるのかがいつまでも見えてこないからだ。なにかに気づく、ということが編集者たる者のなによりもの才能なのではなかろうか。
 いまの時代、販売実績もデジタル化されてしまって取次でも書店でも上がってくる数字ばかりを見ているのでは、ほんとうに必要な売れ線の発見はおぼつかないだろう。自社出版物の売れ方だって、同じことだ。わたしなどは、若いころは取次が毎日持ってくる注文伝票の束をためつすがめつめくって、いったい何がどこで誰に買われているのかを目を凝らして見たものだった。そういう注文伝票の束との出会いだってりっぱなマーケットリサーチになっていたのである。流通倉庫が別のところにあるようないまの編集者にはそういう出会いの場面がないから、そういった手触り感をもたずに本を作っているだけになる。だから自分がかかわった本にさえいまひとつ愛着がわかないのではないだろうか。デジタル化されたデータにさえ関心をもっていない編集者の話をある大手学術出版社の幹部からも聞いたことがあるが、ひとごとではない。もっともそういう関心をもて、ということ自体が矛盾しているのであって、そういう営業感覚のない編集者に売上げに関心をもつように言ったり、いろいろな企画に気づくように言うことは、当人にとっては無理な要求なのである。
 まあ、こんな与太話をしてもしょうがない。わたしなんかは非才のゆえに体力と時間で仕事量をこなしているだけで、外から見ると(自分から見ても)働きづめの日々を送るしかない。業界の親しい友人にわたしはなんと「24時間編集者」と名づけられてしまったことがある(持谷寿夫「交遊抄」、「日本経済新聞」2011年10月5日号)。まったく冗談ではないでしょう。そりゃ無理だし、事実としてもありえないことだけど、編集者というか出版人というか、文字を読んだり書いたりするのが好きなことだけは間違いないので、これをあえて甘受して、編集者のメチエならぬ、出版の虫としての存在をおおいに自己主張しておこう。(2015/12/7)

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