偏執的編集論番外篇:ある読者のご意見について

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 今回はページの余白も少なくつぎの論題に進む余裕はないので、ある読者からのメールでのご意見について回答しておきたい。
 というのは、つい先日、社あてにいただいたメールにこんな文章があったからだ。《貴社発行の標記著作集(加藤尚武著作集のこと)はヘーゲルを理解するうえで、とても有益であり、気になるテーマを中心に拝読しております。/特に単行本未収録論文には優れたものが多く、新たな発見に感動すら覚えます。/しかしながらこの著作集には誤字が多く、校閲の体制に問題があるのではないかと思われます。/漢字変換の間違いのみならず、言葉になっていない箇所もあり、他の本と比べてあまりに誤字の数の多さに驚きます。/まだこれからも発行が予定されているシリーズですので、校閲の基本動作を確実にお願いしたく思います。》と。
 とても貴重なご意見にはちがいないが、この連載をお読みいただいている方にはご理解いただけると思うのは、この指摘が事実ならわたしの方法論にとって原則的にあってはならないはずのことであり、わたしの編集論にとっても沽券にかかわることだからである。
 とは言ってもこの著作集は隔月刊で四五〇~五〇〇ページの大部なものであり、誤植がないと強弁するつもりはないし、すでに確認できている箇所もある。しかし、このようなお叱りを受けるほどの校閲のずさんさはありえない。具体的な指摘がいっさいないのも気になるところであり、こういうことを言ってくるからには相当な根拠がなければならないはずなので、もしこの文章を読まれることがあったら、ぜひご一報いただきたい。確認したところでは「季刊 未来」の定期購読者ではないので、本連載も読まれたことも、ましてやわたしの[出版のためのテキスト実践技法]などもご存じないのかもしれない。もしくは前回の文章を読まれて、なにを小癪な、とでも思われてこういうメールを送ってこられたのかもしれない。それとも出版とか編集にかんしてなにか含むところがあるのかもしれない。とにかく具体的な指摘がないので、反省のしようもないし、説明することもできないのである。
 以下は可能性として、この方が一見して誤植ではないかと思われたかもしれない編集上のポイントを挙げておきたい。これはわたしの原則であって一般化はできないが、一貫性をもって実践しているので、これを誤植だと言われては困るからである。(もっとも加藤尚武著作集にかんしては、巻数を重ねるにしたがって方針にすこしずつ変化が生じていることもあって、一貫していないところもあるのはやむをえない事実だが、すくなくとも一冊のなかでブレはないはずである。
 ここで挙げておこうと思うのは、一見すると(表面的には)不統一すなわち誤植、誤字、不徹底と思われかねない例である。
 まずその第一は、注などでページ数を書き出すときに「ページ」とするか「頁」とするかであるが、わたしの場合は翻訳にかんしては「ページ」で、日本語が原文の場合は「頁」と表記するようにしている。著作集などの場合、もともとの原稿が統一されていないのはあたりまえなので、原則的にこの方法で統一している。注の表記が並ぶ場合に、見るからに不統一感が出ることがあるのは確かだが、それはやむをえない。また、この原則が明示されていないために不統一感が解消されないのも具合が悪いが、とにかくそういう原則で処理しているのである。
 つぎに複合動詞とその名詞形の場合に送りがなをどう処理するか、という問題がある。たとえば「組み合わせる」「打ち合わせる」の名詞形は「組合せ」「打合せ」と送りがなを省略するのを原則としている。名詞形の場合に「全部送る」方針をとると冗長感が残るのがいやだからだ。ちなみに「組み合せ」「打ち合せ」という表記などはどちらにしても間違いということになる。「取り扱う」なども名詞形は「取扱い」が妥当だが、複合名詞になると「取扱注意」などとさらなる省略がなされたほうがいい場合もあるから、問題はそう単純ではない。すくなくともわたしはそうした細かい配慮と問題意識をもって対応しているので、そのわたしが校閲をおろそかにすると言われる筋合いはない。
 さらには「持つ」「行く」などの拡張性をともなう頻度の高い動詞の場合、一次的な意味の場合は漢字を使い、それ以外の二次的(拡張的)使用の場合はひらがなに開くという大原則があることも言い添えておいたほうがいいかもしれない。「手荷物を持つ」「山へ行く」ことはあっても、「意味をもつ」「仕事を進めていく」のが原則であるということである。
 最後にもうひとつ。カギカッコ付き引用などで、閉じカッコの前に句点を入れるか、外に追い出すかという問題もある。これは始まりのカッコがひとつの文中で始まるときは外に、独立した一文となる場合には前に、という原則で処理している。これも一見、不統一に見えるが、内容的には一貫しているのである。
 以上、わたしの方法論と問題意識が徹底していることを理解していただければさいわいである。なお、ご興味のある方は未來社ホームページの「編集用日本語表記統一基準」(http://www.miraisha.co.jp/mirai/archive/touitsu.html)をごらんください。

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