2018年9月アーカイブ

 つぎにこれも「3 目次は本の設計図である」で一部紹介したが、ドイツ語、フランス語、ギリシア語、その他の言語の特殊表記がある。翻訳書や研究書などには外国語表記のあるものが多い。英語以外のものはコンピュータの世界ではローカル言語とされるので、それらの言語の特殊文字は通常は互換性がない。ワープロなどでは環境設定をすればなんとか表記できるものもあるが、そうしたデータをテキストファイル化するととたんに消えてしまう。この場合、すべて消えてしまうわけでもないことが多く、それに近い文字に置き換えられるのがふつうだ。フランス語のアクサン(アクセント記号)やドイツ語のウムラウトはふつうのアルファベットにアクセント記号が付されているのが外れてしまうだけである。
 わたしが一般的に使用している特殊文字のテキスト指定は以下のようなものである。これ以外のものは必要に応じて設定する。
(フランス語)
 アクサンテギュ(文字の上部に右上から左下にかけて斜めの線が入るもの)→e+'/a+'/o+'/y+'/E+'など(l'、s'などの子音との組合せのときは通常のアポストロフィとして使用)
 アクサングラーヴ(文字の上部に左上から右下にかけて斜めの線が入るもの)→a`/e`など
 アクサンシルコンフレックス(文字の上部にキャレット「^」があるもの)→a^/i^/u^/e^/o^など
 セーセディーユ(Cまたはcの下部にヒゲが付く)→C&/c&
 リガチャー(合字)→o+e/a+e/O+E/A+Eなど(フランス語だけではない)
 ギュメ(フランス語特有の小さい引用符)→【<<】......【>>】で指定。
 なお、【 】は一般に特定の指定をするものであるが、多様な使い方をするので、組み指定書にそれぞれの意味を明記する必要がある。
(ドイツ語)
 ウムラウト(文字の上部にトレマが付く)→a``/i``/u``/e``/o``/A``/O``など(フランス語にもある)
 エスツェット(大文字のBを変形したもの)→B&
 ドイツ語特有の引用符(始まりが下付右よりの「"」「,」、終りが上付き左よりの「"」「'」)→【"】......【"】、【,】......【'】で指定。
(その他)
 ギリシャ語、ラテン語長音文字→e ̄/i ̄など
 半角ダブルクウォート「"」および半角シングルクウォート「'」→開き用はそのまま「"」と「'」で、閉じ用に「/"」と「/'」で指定。なお、ここでこれらはすべて半角なので、欧文と同じように開きの「"」および「'」の前には半角スペースを、閉じの「/"」および「/'」の後ろにも半角スペースを入れる必要がある。ただし前後に全角の句読点、カッコ類がある場合はこの限りでない。必要なアキはすでにこれらの文字に含まれているからである。

(間奏曲)

偏集者 というわけで、編集タグについてのとりあえずの基本的説明を終えたので、ちょっとF君を呼び出してみよう。
F君 なにかご用でしょうか。
偏集者 いやね、ちょっとひと段落したもんだから、このへんの記述ではどうかと思ってね。ここまでの編集タグというのは全体の構成とか見た目にかかわるところなんで、多少はデザイン的要素がある。これからはもっと具体的な字句単位の細かい指定に入らざるをえないのだが、読者(そういうものがいればだが)はどこまでついてきてくれるだろうかね。
F君 まあ、ついてくるひとはどこまでもついてきてくれるんじゃないですか。
偏集者 どこか投げやりな言い方だが、真実はついているようだね。じゃあ、また再開するか。


 世の中にはワープロソフトが入力ソフトの究極のツールだと思いこんでいるひとが多い。テキストエディタなどは存在も知らないか、知っていてもワープロより制限の多い、低級なツールだと思っているひとがほとんどではないか。たしかにWindowsに付属している「メモ帳」などをテキストエディタだと思っていれば、たいしたソフトではないと勘違いすることもありうるだろう。またテキストエディタはネット上でダウンロードして使えるシェアウェアまたはフリーウェアが一般的なので、市販ソフトに比べて安価(または無料)なので質もそれだけ落ちるとシロウトは考えがちである。
 ところがどっこい、いわゆる高機能エディタと呼ばれる多くのテキストエディタは、ワープロのような印刷機能や修飾機能に必要以上に力を入れているツールよりもテキスト入力とテキスト編集に特化したプロ用のツールなのであり、ワープロなどではろくに装備もされていない、テキスト処理(検索、置換など)に必要な「(タグ付き)正規表現」に完全に対応できるものが多いのである。これが使えないと、編集処理には使い物にならない。ワープロがせいぜい中間発表レベルの印刷用ソフトと言われるゆえんなのである。
 ここではなぜかデファクト・スタンダードと思われているMicrosoft Wordのもつ大きな欠陥についてとくに注意しておこう。そのうちのひとつにルビ(ふりがな)の問題がある。そもそもルビ処理というのはワープロソフトそれぞれのローカルな機能であり、そのアプリケーションの外ではまったく通用しないルールにもとづいている。端的に言えば、Wordでできたデータをテキストファイル化しようとすると、ルビの文字はおろか親文字ごと消失してしまうというとんでもない不出来なソフトなのだ。無理もない、ルビなどという概念を知らないアメリカ人が作っているソフトだからであろうか。たとえば、Word上で「パソコンは英語という言語帝国主義【インペリアリズム】の支配する世界であって、日本語のような限定された【ローカルな】言語は二次的な言語と見なされる」という文章があるとしよう(【】内はここではルビ)。これをWordからテキストファイル化すると、「パソコンは英語という言語の支配する世界であって、日本語のような言語は二次的な言語と見なされる」となってしまって帝国主義【インペリアリズム】、限定された【ローカルな】というニュアンスが全部とんでしまう。これなら――意味はまったくちがうが――まだ意味は通るが、もっとひどい例は「ランボーは『見者【ヴォワイヤン】』である」とか、同じくランボーの「絶対的に現代的【モデルヌ】でなければならない」といった有名なフレーズは「ランボーは『』である」「絶対的にでなければならない」というふうに形骸だけ残ってなんのことだかわからなくなってしまう。
 そこでどう対応するか。この場合には、テキスト保存するまえに、Word上でファイルの画面修正をおこなうか、Wordファイルを印刷しておいて、テキスト保存したデータにルビ文字を再入力するしかない。この作業は自動化するわけにはいかないので、ここは我慢してもらうしかないのである。
 ルビ指定は印刷所との約束でどうやってもいいが、印刷所の編集機で自動処理できるようにするためにはタグ付けが必要である。
 わたしの指定方式は、_^親文字【ルビ文字】^_というのが基本である。なお、親文字とルビ文字は原則的に1対2であるが、この比率ですべてのルビが振られているわけではもちろんない。親文字にたいしてルビ文字が長い場合(外国語をルビに振るような場合によくある。たとえば、英語【イングリッシュ】、など)もあれば、逆に親文字にたいしてルビ文字が短い場合(たとえば、場合【ケース】、など)、さらに言えば、日本語のふりがなが親文字と微妙にずれてしまう場合などもあり、ルビ問題はたんにWordの不備の問題だけでない、日本語の技術処理上の大きな問題である。
 くわしくはこの問題を具体例を挙げてかなりマニアックに論じた『出版のためのテキスト実践技法/総集篇』「II-6 ルビのふりかたを正確に指定する」を参照していただきたいが、要は、短いほうの親文字あるいは小文字にスペース(全角、半角、四分)を前後または/および中に挿入して、ルビ付き文字をいかに合理的かつきれいに見せるか、という問題なのである。日本語においては重要な課題なので、的確な対処が望まれる。

 日本語にはルビ(ふりがな)のほかに傍点(圏点)という独特な表記がある。通常はひと文字分の点が文字それぞれの横に振られるのだが、これもルビの一種とみなしてよい。Wordでは当然のように親文字ごと消失するのは前述したとおりなので、ここでも同じようにWord上でデータ処理するか、印刷してからテキスト保存したうえで再入力するしかない。テキストファイルでのタグ指定としては、わたしは
 _¨傍点を付ける文字列¨_
というタグを使っている。
 この傍点にも古い表記では点の代わりに小さい白丸、黒丸、二重丸、三角印などを付けたものがある。こういう場合には傍点タグのヴァリエーションとして、たとえば
 _¨●傍点を付ける文字列●¨_
などといったタグ指定をすればいいだろう。
 また傍点の代わりにまれに傍線などという場合もある。これなどは
 <傍線>傍線を引く文字列</傍線>
でいいだろう。言うまでもないが、これらはHTMLタグの原則を応用したものであり、< ></ >に挟むことによって開始点と終始点を表わしているのである。

(間奏曲)

F君 そろそろ「季刊 未来」用の次の原稿の時期がきましたが、進んでいますか。
偏集者(以下、略して偏集者) それがね、ある程度は予測していたんだけど、君も知っているとおり、日頃の忙しさに追われて時間がまったくない現状で、まだ切迫していない原稿の準備なんてものはできるものじゃない。それでも責了まであと四日ともなると、もう準備しなきゃならないよね。締切なんてとっくにすぎても、ほかのひとの原稿の処理に追われ、単行本編集の仕事だってあるけど、そうは言っていられない。何ページ分が必要かだいたいわかってきたので、いま書きはじめたところなんだ。まあ、この編集論だってどれだけのひとが読んでくれるものかわからないけど、肝腎の編集者が読んでくれないとおもしろくないよね。それでも取引先の社長が関心もってくれて、君にもいろいろ教えてもらいたいなんて言ってくれてるみたいじゃないか。
F君 うなんです。それでちょっと勉強しておかないと。
偏集者 なんだかんだ言っても、こういう仕事は実践が第一だから、わたしの仕事ぶりを見ているだけでも勉強になっていると思うよ。ちょっと気の毒だけどね。そんなわけで前回の続きを書こうと思うんだが、いろいろいっぺんに書いても、覚えきれないだろうから、ポイントはわかりやすく説明し、繰り返しも必要があると思っているんだが。
F君  それがいいと思います。
偏集者 じゃ、しばらく引っ込んでいていいよ。


 前回述べたように、本の原稿のテキスト処理にあたって目次をしっかりと確認することは、まず編集者がする最初の仕事である。こうした処理をあらかじめすませてしまうことで、全体の見通しがつきやすく、データ処理もしやすくなる。目次をなによりも優先するということは全体をより適切に配置し、それにあわせてレイアウトなどにも一貫性を与えることができるという意味で、今後の作業の基本となるのである。
 テキスト編集にあたっては、本ごとにさまざまな特徴(個人の著書なのか編集本なのか、テキスト中心なのか図版や表、写真が入る本なのか、など)があり、配慮しなくてはならないことは多岐にわたるが、場合によってはその本には必要のない方法(技法)もある。そのことを承知のうえで、いわゆる編集用のタグ(編集記号あるいは印刷用の指定記号)のそれぞれについてここで網羅的にとりまとめておこう。こうした考え方は、デザイナーの鈴木一誌さんに〈ページネーション〉という概念があり、デザインと編集では立場はちがうが、わたしのページ設計の基本と通ずるところがあることもあわせて確認しておこう。(鈴木一誌『ページと力――手わざ、そしてデジタルデザイン』青土社、二〇〇二年、参照)
 編集タグの種類はいくつかある。いくらか煩瑣になるが、これは避けて通れない。これらは一覧表にして印刷所に渡し、変換テーブルとして準備してもらうことで、以後はこのパターンを踏襲するだけでよい。わたしの経験でも、かりにタグに一部ミスがあっても、印刷所が慣れてくれれば事前にこのミスをカバーしてくれることができる(もちろん、最初からそれをアテにしてはいけないが。)
 それにあらかじめ言っておけば、こうした編集タグについての説明とあわせて、その本のための書体(フォント)とサイズ指定、ページの行数と一行の字数、行間などを「組み指定書」としてそのつど印刷所に渡すことが必要になる。編集タグが入っていれば、紙の原稿にわざわざ割付のための赤字指定をする必要がない。言いかえれば、この割付をテキストファイル上でやってしまうのが編集タグなのである。慣れてくると、同じ指定作業は一括処理で効率化することもできる。ちなみに、わたしはその本の性格にあわせてそれぞれの一括変換用マクロを作成して事前にこれをパソコン上で走らせることによって、作業の大幅短縮=軽減化をはかっているが、その説明をするのは時期尚早であろう。
 とにかくまず原稿を読むまえにできるだけこうした編集タグ付け作業をすませておくほうがいい。そうするとことで、原稿をしっかり読むことに集中できるのである。そして原稿を読むなかでそれらの指定に変更する必要があれば、訂正すればいいのである。
 あらためて言えば、編集タグとは最後の最後に組み指定書を作成するまえの、本全体の骨組みの設計なのであり、基本構造をはっきりさせることである。

(1)編集タグのうちの主要なひとつが前項「3 目次は本の設計図である」ですでに紹介した見出し系である。大見出し、中見出し、小見出し、節や項をどう指定するのかということである。これには既述のように、HTMLタグと同じ<H1>......</H1>、<H2>......</H2>、<H3>......</H3>という見出しタグを割り付ける。その見出しの前後のアキはそれぞれの好みとバランス感覚で改行コードやスペースの入力で設定するのがよい。
(2)つぎにおこないたいのが引用文の処理である。
 文中に引用記号(カッコ類)とともに組み込まれた引用文はそのままでいいが、独立した(つまり前後が行変えされたり、ひとつのセンテンスになっている)引用文の場合は、もし強調したいなら、前後一行アキにし、字下げインデントをした形にするのがいい。この場合は引用文の最初に「<引用>」タグを入れ、文末に「</引用>」を挿入する。組み指定書に、このタグにはさまれた文章はたとえば全文2字下げと指定するだけでよい。改行は自動的にインデントしてくれる。
 引用が複数段落にわたる場合は、各段落の最初に全角スペースを入れるだけで折り返しはインデントされる。逆に詩の引用などの場合は行頭を字下げせず、折り返しがある場合はさらに一字インデントして字下げする。こうしたことはあらかじめ組み指定書に記述しておくだけでいい。
 引用文の特殊な形態である、文頭などに置かれるエピグラフを設定する場合は「<エピ>」......「</エピ>」とする。この場合は書体と書体サイズ、一行の行数、行間などを独自に指定する必要がある。
(3)本の体裁にかんする設定をとりあえず先行的に記述していくが、まずはページ単位の指定としては【目次扉】【本扉】【中扉】など、わかりやすく表示することができる。これらは必然的に独立した一ページを構成するものである。【改丁】【改頁】の指示を入れるのもよい。こうしておけば、印刷所のほうで改ページしてくれる。なお、わたしが印刷所に渡す入校用仮ゲラの場合には、こうした指定だけではなく、「/*改頁*/」という独立した一行の文字列の入力で印刷時にその箇所で改ページが実現できるプリント・ユーティリティ(たとえばWinLPrt)を使っているので、入校原稿自体がすでに改ページされている。
 さらには特定の文字列を中揃えしたり下揃えしたい場合もある。その場合にはわたしは
 中揃え=<C>......</C>
 下揃え=<地ツキ>......</地ツキ>
などの編集タグを使っている。
 このほか、もし図版や表、写真などを挿入したい場合には、たとえば【このあたり図1を1ページ上部半分に入れる。文字組み込み】などといった指定をして、該当する対象を別途にサイズ指定をして入校時に添付する。
 いずれにせよ、これらの編集タグは、印刷所との連携でページ組みにさいして指定された処理が終われば、削除される。わたしはこれを「透体脱落」と呼んでいる。