日録2022年1月
日録2022/1/31(月)
掲載日:2022年1月31日
*『孔雀船』99号に目を通す。望月苑巳発行・編集。→「思考のポイエーシス・日録篇」「Facebook」。
*エンツォ・トラヴェルソ『一人称の過去――歴史記述における〈私〉』のテキスト処理と通読、つづける。編集タグ付けほかの一括処理もいろいろ。「第七章 歴史とフィクション」のつづき~。→「思考のポイエーシス・日録篇」「Facebook」。
*ジル・ドゥルーズ/フェリックス・ガタリ『千のプラトー――資本主義と分裂症』の「11 一八三七年――リトルネロについて」のつづき~。→「思考のポイエーシス・日録篇」「Facebook」。
*La Sainte BibleのLe Le+'vitique(レビ記)の25章を読む。7年ごとの安息規定。レビ人の土地売買の規定。利息をとってはいけない規定はここにある。一方でよそものの奴隷化の規定もある。→「思考のポイエーシス・日録篇」「Facebook」。
*フーゴー・フォン・ホフマンスタール『チャンドス卿の手紙 他十篇』(岩波文庫) 読みはじめる。「チャンドス卿の手紙」を読む。最後のチャンドス卿のことばは考えさせる。《物を書くばかりでなく、また考えるためにわたしに与えられているように思えることばは、……単語ひとつさえ知らない言語であり、物言わぬ事物が語りかけてくることば、ひょっとするといつの日か墓の中で、見知らぬ審問者を前にして申し開きをするときに使うかもしれない、そうしたことばだから……》(120-121ページ)さらに「詩についての対話」も読む。→「思考のポイエーシス・日録篇」「twitter.com/nstn49」「Facebook」。
日録2022/1/30(日)
掲載日:2022年1月31日
*『倉橋健一選集1/文学エッセイ (1)』の「1 文学エッセイ(詩)2004-2012」の後期のエッセイの残り19篇を読み、読了。関西詩壇の状況がだいぶわかった。隠喩についての論は金時鐘にかんする〈在日朝鮮語〉としての日本語表現という観点以外の論及はなかった。→「思考のポイエーシス・日録篇」「twitter.com/nstn49」「Facebook」。
*『博物誌』50号に目を通す。山本育夫編集・発行。→「思考のポイエーシス・日録篇」「Facebook」。
*『午前』20号に目を通す。冨岡悦子さんから送ってもらったもの。立原道造特集。この詩誌はもともと立原の詩誌構想にもとづいて布川鴇さんが発行したもので、布川さんのエッセイを読むとそのことがよくわかる。→「思考のポイエーシス・日録篇」「twitter.com/nstn49」「Facebook」。
*日本現代詩人会会報のための講演代わりの原稿「詩は未知の世界の構築であり、そのことばはすべて隠喩でできている」を読みなおし、手を入れる。17字×100行にぴったり仕上げる。あすデータとPDFを担当の鈴木正樹さんに送付することに。→「思考のポイエーシス・日録篇」「twitter.com/nstn49」「Facebook」。~ファイルを「言語隠喩論.txt」から独立させる。
*ジル・ドゥルーズ/フェリックス・ガタリ『千のプラトー――資本主義と分裂症』の「11 一八三七年――リトルネロについて」のつづき~。→「思考のポイエーシス・日録篇」「Facebook」。
日録2022/1/29(土)
掲載日:2022年1月30日
*『倉橋健一選集1/文学エッセイ (1)』の「2 文学エッセイ(詩)1983-2003」の中期以降のエッセイ4篇を読み、「2」の部、終り。さらに「1 文学エッセイ(詩)2004-2012」の後期のエッセイ14篇を読む。→「思考のポイエーシス・日録篇」「Facebook」。
*ジル・ドゥルーズ/フェリックス・ガタリ『千のプラトー――資本主義と分裂症』の「11 一八三七年――リトルネロについて」のはじめ~。→「思考のポイエーシス・日録篇」「Facebook」。
日録2022/1/28(金)
掲載日:2022年1月29日
*『倉橋健一選集1/文学エッセイ (1)』の「2 文学エッセイ(詩)1983-2003」の中期以降のエッセイ3篇を読む。 →「思考のポイエーシス・日録篇」「Facebook」。
*三木健さんよりE-mailで仲宗根勇憲法論集への寄稿原稿「『オキネシア』から『琉球共和国』への旅」とどく。~受取りの返信E-mail。→「思考のポイエーシス・日録篇」「Facebook」。
*『亜土』第三次113号に目を通す。藤田晴央が送ってくれた青森の詩誌。→「思考のポイエーシス・日録篇」「Facebook」。
*アマゾンで出たばかりの『金時鐘コレクション第3巻』を注文。詩集『新潟』が収録されている。→「思考のポイエーシス・日録篇」「Facebook」。
*日本現代詩人会会報のための講演代わりの原稿を書く。タイトルは概要と同じ「詩は未知の世界の構築であり、そのことばはすべて隠喩でできている」としておく。WinLPrtで17字×50行×2段の書式設定を作成し流し込んでみると、まだ4行分あることがわかる。すこし加筆してとりあえず完成。→「思考のポイエーシス・日録篇」「twitter.com/nstn49」「Facebook」。
日録2022/1/27(木)
掲載日:2022年1月28日
*『倉橋健一選集1/文学エッセイ (1)』の「2 文学エッセイ(詩)1983-2003」の中期以降のエッセイ8篇を読む。宮澤賢治への厳しい批判が記憶すべきか。→「思考のポイエーシス・日録篇」「twitter.com/nstn49」「Facebook」。
*カール・シュミット『政治神学』のスキャンデータのチェック。カバー、表紙、本文のチェック、スミ。~萩原印刷・小松さんにtel。あす朝、取りに来る予定に。→「思考のポイエーシス・日録篇」「Facebook」。
*エンツォ・トラヴェルソ『一人称の過去――歴史記述における〈私〉』のテキスト処理と通読、つづける。編集タグ付けほかの一括処理もいろいろ。「第七章 歴史とフィクション」の途中~。→「思考のポイエーシス・日録篇」「twitter.com/miraishajp」「Facebook」。
*日本現代詩人会より「会報」No. 165とともに中止になった1月22日の現代詩ゼミナールの野沢啓講演概要ほか、とどく。送った講演草案がそのまま印刷されてしまった。まあ、いいか。→「思考のポイエーシス・日録篇」「Facebook」。
*『アリゼ』206号に目を通す。→「思考のポイエーシス・日録篇」「Facebook」。
*ジル・ドゥルーズ/フェリックス・ガタリ『千のプラトー――資本主義と分裂症』の「10 一七三〇年――強度になること、動物になること、知覚しえぬものになること……」のつづき~終り。→「思考のポイエーシス・日録篇」「Facebook」。
日録2022/1/26(水)
掲載日:2022年1月27日
*『一冊の本』1月号に目を通す。→「思考のポイエーシス・日録篇」「Facebook」。
*エンツォ・トラヴェルソ『一人称の過去――歴史記述における〈私〉』のテキスト処理と通読、つづける。編集タグ付けほかの一括処理もいろいろ。「第六章 モデル:映画と文学の間」~「第七章 歴史とフィクション」の途中。→「思考のポイエーシス・日録篇」「twitter.com/miraishajp」「Facebook」。
*萩原印刷・小松さんよりE-mailで『政治神学』のスリップPDF、『[新訳・評注]歴史の概念について』の奥付、スリップPDFとどく。印刷して確認、校了に。~のち、小松さん、来社。『政治神学』のスキャンデータを持参。あさって取りに来るので、あすにでもチェックすることに。→「思考のポイエーシス・日録篇」「Facebook」。
*日本現代詩人会の会報担当の鈴木正樹氏より会報用の原稿執筆依頼状とどく。中止になった野沢講演会の代わりとして読んでもらいたいことを書くこと。2月20日までに17字×100行+写真1枚。先日、電話で聞いたこと。→「思考のポイエーシス・日録篇」「Facebook」。
*『倉橋健一選集1/文学エッセイ (1)』の「2 文学エッセイ(詩)1983-2003」の中期以降のエッセイ6篇を読む。→「思考のポイエーシス・日録篇」「Facebook」。
*『季刊 未来』春号の「ツェラン、詩の命脈の尽きる場所――言語隠喩論のフィールドワーク」初校の読み直し。3行パンクを削除と追加でぴったり18ページに収める。→「思考のポイエーシス・日録篇」「twitter.com/nstn49」「Facebook」。
*ジル・ドゥルーズ/フェリックス・ガタリ『千のプラトー――資本主義と分裂症』の「10 一七三〇年――強度になること、動物になること、知覚しえぬものになること……」のつづき~。→「思考のポイエーシス・日録篇」「Facebook」。
日録2022/1/25(火)
掲載日:2022年1月26日
*『倉橋健一選集1/文学エッセイ (1)』読みはじめる。「2 文学エッセイ(詩)1983-2003」の中期以降のエッセイ6篇を読む。関西系の詩人や俳人の仕事など、なじみの薄い対象への論考が多いが、倉橋の真摯な取り組みが読ませる内容を展開している。→「思考のポイエーシス・日録篇」「twitter.com/nstn49」「Facebook」。
*エンツォ・トラヴェルソ『一人称の過去――歴史記述における〈私〉』のテキスト処理と通読、つづける。編集タグ付けほかの一括処理もいろいろ。「第四章 語り手の『私』の小目録」の途中~「第五章 方法序説」スミ。→「思考のポイエーシス・日録篇」「twitter.com/miraishajp」「Facebook」。
*ジル・ドゥルーズ/フェリックス・ガタリ『千のプラトー――資本主義と分裂症』の「10 一七三〇年――強度になること、動物になること、知覚しえぬものになること……」のつづき~。→「思考のポイエーシス・日録篇」「Facebook」。
日録2022/1/24(日)
掲載日:2022年1月25日
*『倉橋健一選集3/文学エッセイ (2)』の「1 文学エッセイ(詩)1957-1982」の初期~中期のエッセイの残り7篇を読む。Iの部、終り。IIの部は小説と散文が対象なので、省略。あすからは『選集1』のほうでつづき(1983年以降)を読むことに。→「思考のポイエーシス・日録篇」「twitter.com/nstn49」「Facebook」。
*エンツォ・トラヴェルソ『一人称の過去――歴史記述における〈私〉』のテキスト処理と通読、つづける。編集タグ付けほかの一括処理もいろいろ。「第四章 語り手の『私』の小目録」の途中~。→「思考のポイエーシス・日録篇」「Facebook」。
*冨上芳秀詩集『言葉遊びの猟場』通読。タイトルのとおり、ことば遊びの詩だが、いくつかを除いて駄洒落と言ったほうがいいかも。読んでいるほうが苦しくなる。→「思考のポイエーシス・日録篇」「Facebook」。
*日本現代詩人会の会報担当の鈴木正樹さんよりtel。講演会の中止にともない、会報にそれに代わる原稿を書いてほしいとのこと。17字×100行程度とのことで、依頼状を送る由。→「思考のポイエーシス・日録篇」「Facebook」。
*ジル・ドゥルーズ/フェリックス・ガタリ『千のプラトー――資本主義と分裂症』の「10 一七三〇年――強度になること、動物になること、知覚しえぬものになること……」のつづき~。→「思考のポイエーシス・日録篇」「Facebook」。
日録2022/1/23(日)
掲載日:2022年1月24日
*『倉橋健一選集3/文学エッセイ (2)』の「1 文学エッセイ(詩)1957-1982」の初期のエッセイのつづきを10篇、読む。→「思考のポイエーシス・日録篇」「Facebook」。
*『橄欖』123号に目を通す。日原正彦編集・発行。→「思考のポイエーシス・日録篇」「Facebook」。
*La Sainte BibleのLe Le+'vitique(レビ記)の24章を読む。エホバの名をそしる者への死の規定。殺人者などへの目には目を、歯には歯を、の規定はここにある。→「思考のポイエーシス・日録篇」「Facebook」。
*仲里効さんよりE-mailで仲宗根勇憲法論集の原稿「発見された“constitution”――可視と不可視の〈あいだ〉の共和国」とどく。仲宗根勇論文も送ってほしいとのこと。~返信E-mailでお礼と仲宗根勇論文の添付。編集作業にとりかかるには、あと10日ぐらいかかると伝える。→「思考のポイエーシス・日録篇」「twitter.com/miraishajp」「Facebook」。
*高橋寿貴さんにtel。先日送ってもらった『思想』『音楽之友』の広告案について意見を伝える。『方法としての戦後詩』のテキスト校正もそろそろ始めてもらうことにし、データを送ることに。~『方法としての戦後詩』から「ポスト戦後詩の構想」を削除してデータを高橋さんにE-mail添付で送付。→「思考のポイエーシス・日録篇」「Facebook」。
*ジル・ドゥルーズ/フェリックス・ガタリ『千のプラトー――資本主義と分裂症』の「10 一七三〇年――強度になること、動物になること、知覚しえぬものになること……」のつづき~。→「思考のポイエーシス・日録篇」「Facebook」。
日録2022/1/22(土)
掲載日:2022年1月23日
*『倉橋健一選集3/文学エッセイ (2)』を読みはじめる。「1 文学エッセイ(詩)1957-1982」の初期のエッセイから11篇。このなかの「『吉本隆明詩集』についての覚えがき」での吉本批判には驚いた。《吉本隆明の詩は所詮はモノローグの詩でしかない》(69頁)という観点から吉本の詩の評価をしている。そして《詩的イメージとはことばを一回かぎり選ぶ態度のうちのことであり、ことばによる経験のナルシズムを拒否して、イメージの喚起力をモチーフ性の方角で制限する努力ではないか》(68頁)とする詩論的観点から吉本の詩が《詩的イメージにはいたらないで、姿勢だけがのこされると云う悲惨な型を所有していることで、情緒のアクチュアリティを成立せしめている》(67頁)とする。そこから結論的に《吉本の詩は、ことばと社会の関係については、情緒に対する自然物の関係から出発しているが、それがほとんどのばあい、読み手の側からは、吉本の思想家としての論理的な意識と、ことばに対する詩的意識の世界とを素朴に混同して見られるために、過大に評価されすぎてきたのである》(66頁)と。これが1963年に書かれたものだということがまず驚きだが、吉本主義者として出発した倉橋だけに、いまも絶えることのない吉本エピゴーネンにたいする決定的な批判となっている。→「思考のポイエーシス・日録篇」「twitter.com/nstn49」「Facebook」。
*La Sainte BibleのLe Le+'vitique(レビ記)の23章(Les fe^tes)を読む。安息日ほかエホバの祭日規定いろいろ。→「思考のポイエーシス・日録篇」「Facebook」。
*ジル・ドゥルーズ/フェリックス・ガタリ『千のプラトー――資本主義と分裂症』の「10 一七三〇年――強度になること、動物になること、知覚しえぬものになること……」のつづき~。それにしても著者たちの精神分析批判は執拗だ。→「思考のポイエーシス・日録篇」「Facebook」。
日録2022/1/21(金)
掲載日:2022年1月22日
*エンツォ・トラヴェルソ『一人称の過去――歴史記述における〈私〉』のテキスト処理と通読、つづける。編集タグ付けほかの一括処理もいろいろ。「第三章 歴史的エゴ」の途中~「第四章 語り手の『私』の小目録」の途中。→「思考のポイエーシス・日録篇」「twitter.com/miraishajp」「Facebook」。
*豊里友行写真集『豊里友行の沖縄写真特急便 OKINAWA』『豊里友行の沖縄写真特急便 北谷のハロウィン』『豊里友行の沖縄写真特急便 とよチャンネル』通覧。いずれも写真だけのプリントパックによる簡素な版。速報性が勝負といったところか。→「思考のポイエーシス・日録篇」「twitter.com/nstn49」「Facebook」。
*『composition』6号、通読。葉山美玖個人誌。→「思考のポイエーシス・日録篇」「Facebook」。
*倉橋健一『未了性としての人間』のIIの部のつづき~III、松原新一の解説、あとがきを読み、読了。文学は〈未了性〉として存在するという考えは了解できる。→「思考のポイエーシス・日録篇」「twitter.com/nstn49」「Facebook」。
*ジル・ドゥルーズ/フェリックス・ガタリ『千のプラトー――資本主義と分裂症』の「10 一七三〇年――強度になること、動物になること、知覚しえぬものになること……」のはじめ~。《猫や犬を愛する者は、例外なく馬鹿者だ。》(278ページ)→「思考のポイエーシス・日録篇」「twitter.com/nstn49」「Facebook」。
日録2022/1/20(木)
掲載日:2022年1月21日
*倉橋健一『未了性としての人間』のIIの部のはじめ~。この部は詩人論を集めている。このなかの「沈黙、過渡をめぐって」で、カフカをめぐって喩を《本質的に一回性の言語としか呼ばれることのない_¨言語の状態¨_》(147頁)と定義しているところがおもしろい。言語の状態というよりは言語の本質というべきだが。→「思考のポイエーシス・日録篇」「twitter.com/nstn49」「Facebook」。
*『地上十センチ』28号、通読。和田まさ子個人詩誌。→「思考のポイエーシス・日録篇」「Facebook」。
*エンツォ・トラヴェルソ『一人称の過去――歴史記述における〈私〉』のテキスト処理と通読、つづける。編集タグ付けほかの一括処理もいろいろ。「第三章 歴史的エゴ」の途中まで。注が多くて処理に手間がかかる。→「思考のポイエーシス・日録篇」「twitter.com/miraishajp」「Facebook」。
*『たぶの森』6号に目を通す。村野美優編集。村野の詩とイラストがよかった。→「思考のポイエーシス・日録篇」「Facebook」。
*上村忠男さんよりE-mailで『季刊 未来』春号の原稿「ギンズブルグとの対話は続く――独学の思想18」とどく。とりあえず印刷とテキスト化。また14ページもある。→「思考のポイエーシス・日録篇」「twitter.com/miraishajp」「Facebook」。~その後、再E-mailで注の差替え分とどく。~了解の返信E-mail。ファイル修正。
*ジル・ドゥルーズ/フェリックス・ガタリ『千のプラトー――資本主義と分裂症』の「9 一九三三年――ミクロ政治学と切片性」のつづき~終り。ナチズムの〈戦争機械〉による国家の破壊性について。→「思考のポイエーシス・日録篇」「Facebook」。
日録2022/1/19(水)
掲載日:2022年1月20日
*倉橋健一『未了性としての人間』のIの部のつづき~終り。この部は在日朝鮮人文学にかんするエッセイを集めている。→「思考のポイエーシス・日録篇」「Facebook」。
*エンツォ・トラヴェルソ『一人称の過去――歴史記述における〈私〉』のテキスト処理と通読、つづける。編集タグ付けほかの一括処理もいろいろ。「第一章 三人称で書くこと」の途中~「第二章 客観性の罠」スミ。→「思考のポイエーシス・日録篇」「twitter.com/miraishajp」「Facebook」。
*『新沖縄文学』48号(1981年)の〈特集 琉球共和国へのかけ橋〉の匿名座談会コピーを読む。仲宗根勇憲法論集にはじめの部分以外を収録の予定。→「思考のポイエーシス・日録篇」「twitter.com/miraishajp」「Facebook」。
日録2022/1/18(火)
掲載日:2022年1月19日
*きのうとどいた『立原道造――抒情の逆説』の初校のチェック。目次、ノンブルなども。控えゲラに赤字を転記。~郷原宏さん、細見和之さんにそれぞれメッセージを付けて千歳船橋駅前郵便局からゆうパック、レターパックプラスで送付。→「思考のポイエーシス・日録篇」「twitter.com/miraishajp」「Facebook」。
*『大学出版』128号に目を通す。『独学大全』というベストセラーがあるらしい。→「思考のポイエーシス・日録篇」「Facebook」。
*エンツォ・トラヴェルソ『一人称の過去――歴史記述における〈私〉』のテキスト処理と通読、再開。編集タグ付けほかの一括処理もいろいろ。「第一章 三人称で書くこと」の途中~。→「思考のポイエーシス・日録篇」「Facebook」。
*『季刊 びーぐる 詩の海へ』4号の金時鐘特集部分の詩の読み直し。→「思考のポイエーシス・日録篇」「Facebook」。
*アマゾンで注文した倉橋健一『未了性としての人間』を読みはじめる。金時鐘にふれて日本語のなかの在日朝鮮人の日本語というものが喩となるという論点に注目。倉橋は言語の隠喩性についてどこまで考えていたのだろうか。→「思考のポイエーシス・日録篇」「twitter.com/nstn49」「Facebook」。
日録2022/1/17(月)
掲載日:2022年1月18日
*寺山修司『戦後詩――ユリシーズの不在』(ちくま文庫) の第四章、第五章、ふたつの「あとがき」、荒川洋治の解説を読み、読了。偏愛する詩人たちを中心としたまったく独自の戦後詩論というしかない。→「思考のポイエーシス・日録篇」「twitter.com/nstn49」「Facebook」。
*萩原印刷・小松さんよりE-mailで郷原宏『立原道造――抒情の逆説』、『季刊 未来』春号の野沢啓「ツェラン、詩の命脈の尽きる場所――言語隠喩論のフィールドワーク」の初校PDFとどく。あとでゲラを持参する由。~6時ごろ、小松さん、来社。ゲラ持参。『立原道造――抒情の逆説』は205ページ、野沢啓ツェラン論は18ページで2行パンクのみ。→「思考のポイエーシス・日録篇」「twitter.com/miraishajp」「Facebook」。
*ジル・ドゥルーズ/フェリックス・ガタリ『千のプラトー――資本主義と分裂症』の「9 一九三三年――ミクロ政治学と切片性」のはじめ~。→「思考のポイエーシス・日録篇」「Facebook」。
*『αρχη』25号に目を通す。中原秀雪編集。→「思考のポイエーシス・日録篇」「Facebook」。
*『季刊 びーぐる 詩の海へ』4号の金時鐘特集部分の金時鐘インタビューの読み直し。→「思考のポイエーシス・日録篇」「Facebook」。
日録2022/1/16(日)
掲載日:2022年1月17日
*寺山修司『戦後詩――ユリシーズの不在』(ちくま文庫) 読みはじめる。第一章~第三章。1965年に出たこの本のことはこれまで知らなかった。時期が早かったせいか、いかにも寺山らしい切り口だが、いまや年代物だ。→「思考のポイエーシス・日録篇」「twitter.com/nstn49」「Facebook」。
*ジル・ドゥルーズ/フェリックス・ガタリ『千のプラトー――資本主義と分裂症』の「8 一八七四年――ヌーヴェル三編、あるいは『何が起きたのか?』」を読む。→「思考のポイエーシス・日録篇」「Facebook」。
*『りんごの木』59号に目を通す。荒木寧子編集。→「思考のポイエーシス・日録篇」「Facebook」。
*『飛脚』31号に目を通す。石毛拓郞個人誌。今回はほかのひとの「他力」も加わっている。→「思考のポイエーシス・日録篇」「Facebook」。
*La Sainte BibleのLe Le+'vitique(レビ記)の22章を読む。エホバは聖餐物の食規定をうるさく定めている。→「思考のポイエーシス・日録篇」「Facebook」。
日録2022/1/15(土)
掲載日:2022年1月16日
*細見和之『ディアスポラを生きる詩人 金時鐘』の第5章、終章、あとがきを読み、読了。金時鐘についての必読文献と言えるが、〈ディアスポラを生きる〉と言っていいのかは疑問なしとしない。→「思考のポイエーシス・日録篇」「twitter.com/nstn49」「Facebook」。
*仲宗根勇さんよりE-mailで仲宗根勇憲法論集の原稿「琉球共和国憲法私案の現在性――「復帰50年」の喚起力として」とどく。締切厳守のプロであることを再確認。~仲宗根さんに受取りとお礼の返信E-mail。→「思考のポイエーシス・日録篇」「twitter.com/miraishajp」「Facebook」。
*ジル・ドゥルーズ/フェリックス・ガタリ『千のプラトー――資本主義と分裂症』の「7 零年――顔貌性」のつづき~終り。→「思考のポイエーシス・日録篇」「Facebook」。
日録2022/1/14(金)
掲載日:2022年1月15日
*細見和之『ディアスポラを生きる詩人 金時鐘』の第3章の途中~第4章を読む。金時鐘とハイネ、ツェランの関係がすでに論じられていた。→「思考のポイエーシス・日録篇」「Facebook」。
*きのう我部政男さんより届いた仲宗根勇憲法論集への寄稿論文「憲法的思考に収斂する屈折の陥穽」を印刷。70枚以上もある。~仲宗根勇さん、仲里効さんにE-mail添付で送る。ほかに三木健さん、上村忠男さんの情報なども伝える。→「思考のポイエーシス・日録篇」「twitter.com/miraishajp」「Facebook」。
*ジル・ドゥルーズ/フェリックス・ガタリ『千のプラトー――資本主義と分裂症』の「7 零年――顔貌性」のはじめ~。→「思考のポイエーシス・日録篇」「Facebook」。
日録2022/1/13(木)
掲載日:2022年1月14日
*細見和之『ディアスポラを生きる詩人 金時鐘』の第2章の途中~第3章の途中。→「思考のポイエーシス・日録篇」「Facebook」。
*エンツォ・トラヴェルソ『一人称の過去――歴史記述における〈私〉』のテキスト処理と通読、つづける。編集タグ付けほかの一括処理もいろいろ。序章の途中~「第一章 三人称で書くこと」の途中。→「思考のポイエーシス・日録篇」「twitter.com/miraishajp」「Facebook」。
*『月刊 ココア共和国』2021年5月号、12月号に目を通す。→「思考のポイエーシス・日録篇」「Facebook」。
*細見和之さんにtel。『立原道造――抒情の逆説』の解説を引き受けてくれる。2月は多忙なので3月に入ってからになるとのことで、了解。むかしの『記憶と痕跡』の連載を本にしようとした話など、いろいろ。~郷原宏さんにtel。細見さんが引き受けてくれたことを伝える。→「思考のポイエーシス・日録篇」「twitter.com/miraishajp」「Facebook」。
*高橋寿貴さんに『方法としての戦後詩』を渡し、テキスト修正を依頼。20日すぎからやってくれることに。→「思考のポイエーシス・日録篇」「Facebook」。
*我部政男さんよりE-mailで仲宗根勇憲法本への寄稿原稿「憲法的思考に収斂する屈折の陥穽」とどく。~とりあえず受取りとお礼の返信E-mail。
*ジル・ドゥルーズ/フェリックス・ガタリ『千のプラトー――資本主義と分裂症』の「6 一九四七年十一月二八日――いかにして器官なき身体を獲得するか」を読む。→「思考のポイエーシス・日録篇」「Facebook」。
日録2022/1/12(水)
掲載日:2022年1月13日
*細見和之『ディアスポラを生きる詩人 金時鐘』読みはじめる。「はじめに」~第1章~第2章の途中。→「思考のポイエーシス・日録篇」「Facebook」。
*エンツォ・トラヴェルソ『一人称の過去――歴史記述における〈私〉』のテキスト処理と通読をはじめる。編集タグ付けほかの一括処理もいろいろ。序章の途中まで。→「思考のポイエーシス・日録篇」「twitter.com/miraishajp」「Facebook」。
*ジル・ドゥルーズ/フェリックス・ガタリ『千のプラトー――資本主義と分裂症』の「5 BC五八七年、AD七〇年――いくつかの記号の体制について」の途中~終り。→「思考のポイエーシス・日録篇」「Facebook」。
日録2022/1/11(火)
掲載日:2022年1月12日
*『方法としての戦後詩』の読みなおし。第五章、付論2篇、あとがき。付論のうち、「ポスト戦後詩の構想」は削除することにする。あとはOCR処理したテキストを修正しながら最小限の手入れと、場合によっては現時点での書き下ろしの一章を書くかどうか。→「思考のポイエーシス・日録篇」「twitter.com/nstn49」「Facebook」。
*萩原印刷・小松さんにきょう渡した郷原宏『立原道造――抒情の逆説』、『季刊 未来』春号の野沢啓「ツェラン、詩の命脈の尽きる場所――言語隠喩論のフィールドワーク」の原稿データをE-mailで送付。~tel入れも。→「思考のポイエーシス・日録篇」「Facebook」。
*『4B』21号に目を通す。中井ひさ子発行。→「思考のポイエーシス・日録篇」「Facebook」。
*ジル・ドゥルーズ/フェリックス・ガタリ『千のプラトー――資本主義と分裂症』の「5 BC五八七年、AD七〇年――いくつかの記号の体制について」の途中~。→「思考のポイエーシス・日録篇」「Facebook」。
日録2022/1/10(月=成人の日で休み)
掲載日:2022年1月11日
*ジル・ドゥルーズ/フェリックス・ガタリ『千のプラトー――資本主義と分裂症』の「4 一九二三年十一月二〇日――言語学の公準」のIII節~IV節。さらに「5 BC五八七年、AD七〇年――いくつかの記号の体制について」の途中まで。→「思考のポイエーシス・日録篇」「Facebook」。
*白鳥光代詩集『終着駅まで』通読。未知の同世代の詩人。東日本大震災を経験してこれまでの生を回顧しながら精一杯生きようとする姿勢は好ましい。→「思考のポイエーシス・日録篇」「twitter.com/nstn49」「Facebook」。
*『方法としての戦後詩』の読みなおし。第三章~第四章。→「思考のポイエーシス・日録篇」「Facebook」。
日録2022/1/9(日)
掲載日:2022年1月10日
*『UP』1月号に目を通す。→「思考のポイエーシス・日録篇」「Facebook」。
*午後、事務所で『季刊 未来』春号の野沢啓「ツェラン、詩の命脈の尽きる場所――言語隠喩論のフィールドワーク」の仮ゲラ印刷。広告を入れても18ページにまだ5行ほど余りそう。→「思考のポイエーシス・日録篇」「twitter.com/nstn49」「Facebook」。
*郷原宏『立原道造――抒情の逆説』の仮ゲラ印刷の残り。組指定書も作成&印刷。これで11日入校の準備完了。→「思考のポイエーシス・日録篇」「twitter.com/miraishajp」「Facebook」。
*ジル・ドゥルーズ/フェリックス・ガタリ『千のプラトー――資本主義と分裂症』の「4 一九二三年十一月二〇日――言語学の公準」のはじめ~II節。ドゥルーズ=ガタリの言語認識は反隠喩的だ。《「最初の」言語、あるいはむしろ言語に与えられる最初の限定は、比喩でも暗喩でもなく_¨間接話法¨_である。換喩や暗喩に人が与えようとした重要性は、言語の研究にとっては致命的であることがわかる。暗喩や換喩はたんに効果にすぎず、すでに間接話法を仮定してはじめて言語に属するのだ。》(98ページ)《個人的な言表など存在せず、まして言表行為の主体など存在しない。》(101ページ)これは相当ひどい言語認識だ。スピーチアクト理論などを評価しているところをみると、言語それ自体の価値をまったくみようとしていない。言語隠喩論の立場からは徹底的に戦わなければならない。→「思考のポイエーシス・日録篇」「twitter.com/nstn49」「Facebook」。
*『方法としての戦後詩』の読みなおし。第一章2節~第二章。→「思考のポイエーシス・日録篇」「Facebook」。
日録2022/1/8(土)
掲載日:2022年1月9日
*ジル・ドゥルーズ/フェリックス・ガタリ『千のプラトー――資本主義と分裂症』の「3 BC10000年――道徳の地質学(地球はおのれを何と心得るか)」のつづき~終り。2節でフロイトを批判し、この節ではソシュール言語学のキーワード、シニフィアン-シニフィエを斥けている。次はどこへ行こうとするのか。→「思考のポイエーシス・日録篇」「twitter.com/nstn49」「Facebook」。
*『図書』1月号に目を通す。→「思考のポイエーシス・日録篇」「Facebook」。
*『季刊 未来』春号に予定の「ツェラン、詩の命脈の尽きる場所」の仮ゲラ印刷18ページ。~広告1本入れてもまだ28行ぐらいのアキがあることがわかる。~すべて読み直し、19行分ほど加筆して完成。「ツェラン、詩の命脈の尽きる場所――言語隠喩論のフィールドワーク」として別ファイルを作成。67. 5枚。これも11日には入校の予定。→「思考のポイエーシス・日録篇」「twitter.com/nstn49」「Facebook」。
*『立原道造――抒情の逆説』の仮ゲラのファイル修正つづける。第二章~第五章、「花神社版あとがき」、「もうひとつのあとがき」まですべて終わる。11日に入校の予定。→「思考のポイエーシス・日録篇」「Facebook」。。
日録2022/1/7(金)
掲載日:2022年1月8日
*きょうは一日じゅう経理仕事。
*『THROUGH THE WIND』41号に目を通す。原田勇男発行。→「思考のポイエーシス・日録篇」「Facebook」。
*『コールサック』108号をざっと見る。ほとんど知らないひとばかりで読むところはすくない。→「思考のポイエーシス・日録篇」「Facebook」。
*言語隠喩論の次回(『季刊 未来』2022年春号?)分の原稿「ツェラン、詩の命脈の尽きる場所」の4節を読み直したうえでさらに5枚ほど加筆して脱稿してもいいところまでくる。ここまでで66枚ちょっと。広告を入れて18ページ分になる。→「思考のポイエーシス・日録篇」「twitter.com/nstn49」「Facebook」。
日録2022/1/6(木)
掲載日:2022年1月7日
*郷原宏さんより『立原道造――抒情の逆説』の仮ゲラ校正とどく。~ファイル修正はじめる。序章と第一章、スミ。郷原さんにtel。書名はこのままで。雑誌名は『 』に統一するが、グループ名はカッコをとる方針に。『四季』と四季派のように。→「思考のポイエーシス・日録篇」「twitter.com/miraishajp」「Facebook」。
*八木幹夫さんよりtel。22日の日本現代詩人会講演会がコロナの関係で中止になる可能性が出てきたとのこと。12日までに自粛要請が出なければ予定通り実行とのこと。50人ぐらいは希望者が出ているとのこと。岡田幸文のことなど、近況いろいろ。~夜、根本明さんからtel。講演会がコロナのため中止に決まった由。→「思考のポイエーシス・日録篇」「twitter.com/nstn49」「Facebook」。
*『詩と思想』1・2月号に目を通す。中村不二夫さんが送ってくれた。巻頭の中村不二夫・川中子義勝対談「コロナ禍の中の詩と詩人」で『言語隠喩論』がいろいろ論じられている。川中子さんのほうが引け気味だが。アンケート「今年の収穫」では『言語隠喩論』と『走都』にかんして9人のひとが言及。名前も知らないし送っているひとも少ないので、こんなものか。→「思考のポイエーシス・日録篇」「twitter.com/nstn49」「Facebook」。
*ジル・ドゥルーズ/フェリックス・ガタリ『千のプラトー――資本主義と分裂症』の「2 一九一四年――狼はただ一匹か数匹か?」のつづき~「3 BC10000年――道徳の地質学(地球はおのれを何と心得るか)」の途中。→「思考のポイエーシス・日録篇」「Facebook」。
日録2022/1/5(水=社休日)
掲載日:2022年1月6日
*ジル・ドゥルーズ/フェリックス・ガタリ『千のプラトー――資本主義と分裂症』の「2 一九一四年――狼はただ一匹か数匹か?」の途中まで読む。→「思考のポイエーシス・日録篇」「Facebook」。
日録2022/1/4(火)
掲載日:2022年1月5日
*ジル・ドゥルーズ/フェリックス・ガタリ『千のプラトー――資本主義と分裂症』を読みはじめる。「緒言」~「1 序――リゾーム」とその注を読む。いまの時点で読みかえすと、やはりポストモダン的時代性を感じさせる。《問題は、_¨無意識を生産すること¨_、そして無意識とともに、新たな言表、新たな欲望を産出することなのだ――リゾームはこのような無意識の生産そのものである。》(31ページ)→「思考のポイエーシス・日録篇」「twitter.com/nstn49」「Facebook」。
*『ただ、詩のために 岡田幸文追悼文集』の読み残しを拾い読む。→「思考のポイエーシス・日録篇」「Facebook」。
*仲里効さんよりtel。仲宗根勇憲法論集の件で相談いろいろ。仲宗根さんが予定枚数をかなりオーバーしているとのこと。執筆者候補の追加。新川明さんからの案で『新沖縄文学』憲法特集号のさいの座談会を抄録したいとの提案あり。→「思考のポイエーシス・日録篇」「twitter.com/miraishajp」「Facebook」。
*郷原宏さんよりE-mailで立原道造論の仮ゲラを送る由。「もうひとつのあとがき」原稿を添付。ざっと読む。~返信E-mailでお礼と入校予定を伝える。→「思考のポイエーシス・日録篇」「twitter.com/miraishajp」「Facebook」。
*『魂根』10号に目を通す。谷元益男編集・発行。→「思考のポイエーシス・日録篇」「Facebook」。
*『spirit』Lesson4に目を通す。樋口武二発行。→「思考のポイエーシス・日録篇」「Facebook」。
*『Nemesis』5号の添田馨の編集後記を読む。→「思考のポイエーシス・日録篇」「Facebook」。
*『方法としての戦後詩』の読み直しをはじめる。まずは「序章 総括と展望への視点」~「第1章 〈戦後〉の意味と位相」の1節を読む。かなり粗っぽいが、そのぶん相当に明快な問題設定をしている。この水準ならいまあらためて復刊する意義は十分にあるだろう。それにしても40年まえもいまとあまり変わらない書き方をしていることに自分でも驚く。→「思考のポイエーシス・日録篇」「twitter.com/nstn49」「Facebook」。
日録2022/1/3(月)
掲載日:2022年1月4日
*『世界の大思想1 プラトン』で「国家」の再読。第十巻3節~16節。これですべて読了。哲人王と詩人の忌避。悲劇詩人、ホメロスが批判の対象になる。最後はダンテの『神曲』を思わせる死後の世界で死後の生活を自主選択できる。→「思考のポイエーシス・日録篇」「twitter.com/nstn49」「Facebook」。
*『ただ、詩のために 岡田幸文追悼文集』読みはじめる。知り合いのものを中心に読んでみるが、岡田幸文のつきあいの幅広さと性格の良さがよくわかる。それにしても一九八〇年代前半から『詩学』時代に深くかかわった自分としてはこの追悼文集に呼びかけられなかったことが残念でならない。晩年は相互の個人詩誌をつうじてのやりとりが復活していたし、最後の号が届けられたときに、もう次の号は出せない、という知らせも受けていただけに迂闊でもあったことが悔いを残す。むかしから病弱だったこともあったから、よくここまで長生きしてくれたとも言えなくもないが、やはり大事な友でもあり仲間だった。→「思考のポイエーシス・日録篇」「twitter.com/nstn49」「Facebook」。
*言語隠喩論の次回(『季刊 未来』2022年春号?)分の原稿「ツェラン、詩の命脈の尽きる場所」の年末に書いた部分をふくめすべて読み直してすこし加筆してとりえあえず脱稿。ここまでで62枚ちょっと。広告を入れて17ページ分になる。→「思考のポイエーシス・日録篇」「twitter.com/nstn49」「Facebook」。
*『世界の名著7 プラトンII』で田中美知太郎「『国家』篇について」読む。これはいわば長い解説。→「思考のポイエーシス・日録篇」「Facebook」。
日録2022/1/2(日)
掲載日:2022年1月3日
*『世界の名著7 プラトンII』で「国家」の再読。第九巻11節~13節。第九巻、終り。最後の第十巻は抄訳なので、もういちど世界の大思想版に戻ることに。~『世界の大思想1 プラトン』で「国家」の再読。第十巻1節~2節。→「思考のポイエーシス・日録篇」「twitter.com/nstn49」「Facebook」。
*『現代詩手帖』1月号の詩の残り、対話と対談を読む。→「思考のポイエーシス・日録篇」「Facebook」。
*金時鐘詩集『猪飼野詩集』(岩波現代文庫)通読。やはりすごい詩集だ。この文庫のための「私と猪飼野と在日と、――本文庫版のあとがきに代えて」は優れた詩論になっている。言語隠喩論の次のテーマにできそうだ。→「思考のポイエーシス・日録篇」「twitter.com/nstn49」「Facebook」。
日録2022/1/1(土=元旦)
掲載日:2022年1月2日
*マルティン・ハイデッガー『技術への問い』(平凡社ライブラリー) の「芸術の由来と思索の使命」を読む。これで本文、終り。訳者による長い「訳者後記」と「平凡社ライブラリー版訳者後記」、村田純一の解説を読み、読了。ハイデガーの技術論は〈集-立Ge-stell〉という批判的概念によって成り立っている。現代の科学ないし技術にたいしてあらゆる人間を用立てるべく狩り立てる制度的な力が働いているその原理のようなもの。原子力ムラの盲目的信仰のようなものと言っていいだろう。時代的制約もあって、ハイデガーはそこまで明確に見通していたわけではないが、哲学的な原理的思索はその射程をそこまで伸ばしていたと言うこともできる。→「思考のポイエーシス・日録篇」「twitter.com/nstn49」「Facebook」。
*『世界の名著7 プラトンII』で「国家」の再読。第八巻17節~19節。僭主政の末路について語られる。第八巻、終り。さらに第九巻1節~10節。国家制度として君主制→寡頭制→民主制→僭主政とそれを担う人間とともに悪化していくことが論じられる。それにしてもソクラテスのエロス批判は間違っていると思う。→「思考のポイエーシス・日録篇」「twitter.com/nstn49」「Facebook」。
*『現代詩手帖』1月号の詩の主要な部分を読む。→「思考のポイエーシス・日録篇」「Facebook」。



