2014年11月アーカイブ

「未来」2015年冬号は季刊化第1号ですが、そこに『沖縄差別と闘う――悠久の自立を求めて』の著者、仲宗根勇さんに今回の沖縄県知事選の結果を受けての批評的総括と、あわせて12月に突然おこなわれることになった衆議院選挙への展望をふくんだの原稿を書いていただきました。内容が非常にホットな話題であり、鋭い問題提起をふくんだものなので、仲宗根さんの了解を得て事前に公表させていただくことになりました。以下は活字媒体での発表を念頭においたものであることをお含みおきください。(編集部)
 なお、校正結果を反映しましたので、以前とすこし変わったところがあります。(2014年11月28日現在)また、ルビ、傍点は省略してありますので、その点もお含みおきください。

   *

「島の政治的宴(うたげ)のあとで――沖縄・二〇一四年知事選後の新たな政治主体:「沖縄党」生成の可能性」
《リレー連載》オキナワをめぐる思想のラディックスを問う2
仲宗根勇


 最近の拙著で、わたしはつぎのように書いた。

<引用> 二〇一四年十一月の沖縄県知事選挙は、沖縄の民意を無視し、海上保安庁、防衛局、警察を総動員し辺野古移設工事に狂奔する安倍内閣、正確にいえば、憲法違反の選挙で選ばれた無資格国会の指名で、「国家権力」を僣窃(せんせつ)している安倍一派による国家悪に立ち向かう民衆蜂起の性格をもたざるをえない。この選挙は沖縄の未来を決する大きな歴史的意義をもつ。

 この知事選挙ほど沖縄の歴史にとって、また沖縄の未来を考える有権者にとって大きな意味と影響力をもつ選挙は他にないだろう。
 いまや沖縄は、憲法クーデターによって憲法危機を公然化させ戦争国家へひた走る安倍「壊憲」内閣と対峙し、日本国家から受けてきた構造的差別から自立して、沖縄の未来構想を再検証する契機となる歴史的転換点を迎えようとしている。
 命どぅ宝命有っての物種)歴史の審判は近い。
二〇一四年九月 未來社刊『沖縄差別と闘う――悠久の自立を求めて』二三二頁、六八頁)</引用>

 二〇一四年十一月十六日、まさしく、その歴史の審判は下った。
 安倍内閣が、二〇一三年十二月末の沖縄県知事の辺野古海域の埋め立て承認を錦の御旗にして、県民の八割以上に及ぶ新基地反対の沖縄の民意を無視し、沖縄防衛局、海上保安庁、警察権力を総動員して辺野古新基地工事を強行し、既成事実づくりに狂奔する現実が進行するただなかで、二〇一四年十一月の沖縄県知事選挙は四名の候補者によって争われた。しかし、事実上、現職知事(当時)と袂をわかつことになった新人と三選を目指す知事との一騎討ちとなった。
 新基地反対闘争の現場である辺野古のキャンプ・シュワブ前では、ゲート前に結集した抗議デモ隊が沖縄県警によって実力排除され、辺野古の海上においては、海底ボーリング調査などのためのブイやフロートが設置・拡大され、新基地反対の意思表示をする手漕ぎのカヌー隊に対し、令状主義など日本国憲法、刑事訴訟法など無視し、法的根拠もない海上保安官による暴力団顔まけの暴行・脅迫・肖像権侵害行為が続いているさなかである。
 新聞報道で、安倍晋三首相が「辺野古ブイ設置を急げ」と防衛省幹部を叱責したと報じられた。こうして、安倍内閣の強権的意思と庇護の下で、辺野古の現場における海上保安官などの理不尽な暴力行為が敢行されていることは、もはや疑うことはできない。なんらの現行犯罪の嫌疑がなく海上の平穏を害するおそれもない状態のもとで、カヌーの漕ぎ手の身体に直接的に加えられている海上保安官の実力行使は暴行罪、脅迫罪、職権濫用罪などなど種々の犯罪構成要件に該当するものだ。
「県外移設」の公約で再選されながら、埋め立て承認をした知事は、県民に対し三選出馬の意思表明をしないうちに首相官邸において安倍晋三首相に出馬意思を伝えた。それは、はしなくも現職知事の三選が安倍内閣の重要な政治戦略のひとつであることを意味している。そうして、だれよりも真っ先に立候補を表明したのも、その知事であった。
 その知事が立候補したことこそが二〇一四年沖縄県知事選挙の様相を決定的に規定することになった。もし、知事が立候補せず、その後継候補が政府自民党の後押しで出馬していたならば、選挙結果は異なるものとなった可能性がある。投票日の四日前、うるま市の「翁長勝利・女性と青年の総決起大会」で演壇に立った翁長夫人の樹子(みき こ )さんが「一票の差では勝ちたくない。仲井眞さんが立候補したことに感謝したい」と述べていたが、正鵠を得た発言であった。県民の現職知事に対する反感が大差での翁長勝利に結びつくことを予言していたのである。知事が出馬表明をする前に自民党県連・公明党県本が翁長雄志擁立を画策したことが、当選後に新聞報道されている。その事実は、その画策に乗らなった翁長氏の「オール沖縄」の政治思想が本物であることの証拠でもあろう。
 独自調査で知事の苦戦が予想されて、政府自民党本部はその支援を躊躇していた。しかし、自民党県連の強い支援要請により、結局、現職知事を推薦をするにいたった。あえて支援要請を続けた自民党県連の政治的センスが疑われるところだ。彼らが現職の三選がありうると本当に信じたのであれば、大浦湾埋め立てを承認するにいたる知事の言動によって、沖縄の民衆が沖縄人としての誇りと自尊心をどれほど傷つけられたかを読めない政治的な判断力の欠如は深刻だ。知事本人が敗戦の弁で「想定外の結果」と述べたのも、おのれと世間を知らない人間としての底の浅さを暴露したようなもので、多くの県民の失笑を買ったものだ。
 自民党本部・幹事長の圧力によって、普天間基地の「県外移設」の選挙公約で当選した県選出の五名の自民党国会議員がその公約を投げ捨てて「県内移設」容認に転じ、同じく自民党県連が県内移設容認へ変節した果てに、一三年年末の知事の芝居がかった「いい正月が迎えられる」談議の直後、辺野古の海の埋め立て承認がなされた。そして、県民は、承認後の知事の記者会見での支離滅裂な言動など一連のテレビ報道のおぞましい映像を投票日当日にいたるまで、決して忘れはしなかった。安倍政権に操られたと思わせた知事の埋め立て承認の行政行為は、県民に激しい怒りと深い恥辱の感情を呼び起こした。嵐のごとく沸き起こったその県民感情の幅広さと底深さを読みきれず、「アベノミクス」の自画自賛を海外でも繰り返している安倍流の恥ずべき傲慢さで、事態を甘くみた自民党県連が、オゥンゴールで「オール沖縄」陣営に一〇万票差の大勝利を献上したと言うことができる。
 知事の埋め立て承認行為に対する県民の激しい反発が、辺野古基地建設の抗議デモ現場から地下水のように広く県内に浸透していった反対運動の息吹と結びつき、みずから「真正保守」と称し、二〇一〇年の知事再選時の選対本部長で自民党幹事長の経歴も有する翁長雄志を現職知事の対抗馬として擁立する動きが、水面下で多方面から活発化していく。前回の県知事選挙では現職知事を支援した経済界の有力者や翁長支持を理由に自民党県連から除名された那覇市議会の保守系会派に属する議員などによる翁長擁立運動が続けられていた。
 そして、二〇一四年九月十三日付けで、社会民主党沖縄県連合、日本共産党沖縄県委員会、沖縄社会大衆党、生活の党沖縄県連、県民ネット会派の五党派の各組織代表者と沖縄県知事予定候補者翁長雄志本人との間で署名押印されて「沖縄県知事選挙に臨む基本姿勢及び組織協定」が締結された。民主党沖縄県連の支持母体である沖縄最大の労働組合組織・連合沖縄も、自主投票を決めた民主党本部の方針に逆らって翁長支持を明確に打ち出した。
 しかし、「革新」側の一部には、「保守」のDNAをもつはずの翁長雄志氏の出自やこれまでのその政治歴からして、当選後に政府自民党の「変節」工作に屈し「第二の仲井眞」に変身することを懸念し、その擁立に疑問を呈する声があった。その懸念は多かれ少なかれ翁長支持者の誰もが抱いたものであっただろう。しかし、仲井眞知事の辺野古海域の埋め立て承認を錦の御旗にして、辺野古新基地工事を強行し、既成事実づくりに狂奔している安倍政権の策動を一刻も早く止めるには、辺野古移設の是非とともに、みずからの公約をやぶり圧倒的な民意に反する埋め立て承認をした知事の行政行為、法的瑕疵も疑われるその行政行為にいち早く[NO]の意思表示を示し、知事の三選をはばむ必要があった。その観点から、わたしも前記の拙著において、保革合作の「オール沖縄」型の選挙体制を支持したのであった。
 翁長候補の支持団体「平和・誇りある豊かさを! ひやみかち うまんちゅの会」ニュースNo.1が「公約違反 現知事ノー レッドカード! 信念つらぬきブレない翁長雄志」と教宣したのは、そのような有権者の疑念に的確に答えたものであった。
「ひやみかち うまんちゅの会」(「さあ元気をだそう 民衆の会」というほどの琉球語)には、会長に嘉手納基地のある嘉手納町の元町長、副会長に地元企業の金秀グループ会長、同じくかりゆしグループ最高経営責任者、名護市長、南風原町長の四人を据え、「新基地阻止、『建白書』実現へ 県民の心をひとつに」と訴えた。

 こうして、沖縄の政治史上かつてなかった、保革を超えたいわゆる「オール沖縄」の選挙体制が確立された。かって日中戦争勃発により、侵略された中国が日本軍国主義に立ち向かうために、それぞれが中原の鹿を逐っていた中国国民党と中国共産党とが相互間の戦闘をやめ、統一戦線の体制(「国共合作」)を組んで、抗日戦争を戦ったように、「オール沖縄」という選挙戦略も、安倍内閣の強権的な沖縄差別に抵抗するために「保革合作」で構築された沖縄版統一戦線の色彩を有するものとなった。沖縄が沖縄でなくなる<S1>(「沖縄アイデンティティ」の喪失)</S1>危機意識が保革を超えた沖縄の民衆の間に広く共有されていたことがその背景にある。
 他方、三選を目指す知事の側では、前回の知事選同様、建築・土建の国場組など地元の多くの会社組織を束ねた支援企業団を形成したほか、かつて、県内移設反対、オスプレイの配備撤回などを求めて「建白書」に署名した四一の市町村首長たちのうち、うるま市など二七の市町村の首長の写真入り全面カラーの意見広告を地元二紙に数度にわたって掲載した。「決断と実行」の大活字が踊り、今回はじめて明確に県内移設を選挙公約に掲げた「現職知事の再選を応援しています!」とアピールした。
 県外移設の「建白書」にかつて署名した事実を憶面もなく覆したこの首長たちは、個人の資格でなく、「うるま市長島袋俊夫」などと首長名義での意見広告を出した。首長名義の方がその首長の地元の有権者に対する影響力が大きいと考えての選挙戦略であったであろう。しかし、それは、首長たちがあたかもその市町村の全住民を代表して現職知事の三選応援をしているような誤った印象を与えかねず、いわば首長に「無権代理」された形の地域の有権者住民に対し、影響力はおろか逆に反感・不快感を与えたにすぎなかった。政治の立ち位置を簡単に変える政治信念なきこの二七名の首長たちは、今後の政治家としての運命に大きな汚点を残すことになるだろう。結果的には、現職知事を支持した本島のすべての九市で翁長候補が首位に立った。保守首長のいる保守地盤でも翁長候補が躍進したのだから、現職知事の陣営にとってその意見広告はむしろ逆効果だったといえる。有権者が首長名の表象する「長い物に巻かれる」はずだとの前提で大宣伝したこの首長取り込み作戦は、有権者の政治意識のレベルを軽視した選挙参謀たちの前時代的浅知恵を露呈したにすぎない。有権者の政治意識のほうが彼ら選挙参謀たちのそれを凌駕していたわけだ。当選後の翁長氏の第一声も、「オール沖縄」の枠組みは県民が先を行っていて自分たちを待っていたものだと述べていた。

「オール沖縄」の選挙体制の確立に成功した翁長候補のスローガン「イデオロギーよりアイデンティティ」の意味は何か。
 一九六八年の主席公選以来、知事選挙や国政選挙など沖縄における大型選挙は、経済及び本土との一体化を求める「保守」勢力と憲法及び基地撤去・反戦平和を叫ぶ「革新」勢力との保革対立の構図で戦われることが常態化していた。すなわち、保守と革新の単純な二項対立の「イデオロギー」選挙が一貫して続いてきたのであった。
 翁長候補の「イデオロギーよりアイデンティティ」というスローガンは、その保革対立の構図を転倒して、日本政府による軍事基地の過剰な押しつけに端的に表現される沖縄差別に対し、沖縄がその自己同一性(アイデンティティ)を失い「沖縄でなくなる」可能性(アイデンティティの喪失)と闘い、「沖縄アイデンティティ」を保持・発展させようとする意思的な呼びかけを意味しているはずである。翁長候補の選挙公約には、他のどの候補者にもない〈「しまくとぅば」の保存、普及と継承〉が掲げられていることがそのあらわれであろう。翁長候補は、選挙演説のなかで幾度も、明確に沖縄の自己決定権の確立を主張した。すなわち、彼は、沖縄差別と闘うことを選挙スローガンとしてはっきりと打ち出したということができる。
 翁長氏の当選を選挙翌日の「朝日新聞」は〈「沖縄の誇り」浸透 翁長氏、対本土全面に 党派を超えた国への怒り」〉の見出しをつけて報じた。「沖縄の誇り」にカギ括弧をつけた意味はまさに翁長氏の「沖縄アイデンティティ」の主張が勝因のひとつとなったことを表現しているのであろう。
 現行の小選挙区制の下で、日本の野党の多党分裂が自民党に漁夫の利を得せしめ、四割の得票で八割以上の大量の議席を自民党に与え、現在のような安倍独裁を招き、子どもじみた理屈をこねて、やりたい放題の立憲主義破壊の蛮行=憲法クーデターを許してしまっている。そのような情況下にあって、日本「復帰」後、沖縄の政党組織は東京の本部組織に系列化されて、革新政党はそれぞれの政治綱領にしたがって活動するセクト主義に呪縛されてきた。保守対革新の対立構図での選挙においても、革新政党どうしの共闘体制を組むことはなく、各党は個々バラバラに保守勢力と対抗してきたにすぎない。
 しかし、今回の選挙運動のなかで見せた「オール沖縄」体制に結集した革新政党と保守派の共闘は、なんとも見事なものであった。各政党はその組織の名をほとんど前面に出さず、すべて「オール沖縄」の組織の名を連呼する運動形態をとったのであった。政党相互間の交流もかつてないほど活発、各政党組織がひとつに糾合されて各地にそれぞれの「うまんちゅの会」が組織されていった。各地域においては、その地域の「うまんちゅの会」の活動というかたちで、各政党・組織が独自性を生かしつつ選挙運動をしたのである。すべての運動員は、これまでのセクト主義の呪縛を解いて他のセクトと同志的な感覚で接し、いわば、知事選挙という〈祝祭〉のなかから沖縄社会に新たな社会的連帯の輪が立ち現われた感があった。
 安保体制や憲法問題など国家単位の大状況に関する問題について本家本元の路線や綱領の違いに固執すると、ちがう政党組織間にこのような交流は起こりえないだろう。
 今回の知事選挙は、基地問題や沖縄の自立・独立など沖縄プロパーの問題は政治的イデオロギーで考えてはならないことに、ようやく多くの沖縄人に気づかせる転換点となった。
 こうして、翁長陣営の圧倒的勝利のうちに、つかの間の島の政治的_^_宴_【うたげ】^_は終わった。
 今後、この選挙で生まれた「オール沖縄」が組織的永続的に構築されれば、平時においては沖縄社会に伝統的な「イチャリバ チョゥデイ」(出会えば 兄妹)の社会資源となり、日本国家と対峙して沖縄全体が決定的局面を迎えた緊急時には、必要にして不可欠な沖縄の団結の砦となるだろう。そういう意味で、今回の知事選挙における「オール沖縄」の社会的実験とその成功は沖縄の歴史的財産となるはずである。それが、今後の沖縄の政治世界において政治主体としての存在感を高め、主導的地位を確立しうれば、政治指導者が日本国家にすり寄り、最終的に民衆を裏切った戦後沖縄の〈裏切りの政治史〉に終止符を打つことができるかもしれない。
 この政治主体の形成体を仮に「沖縄党」と呼ぶとすれば、将来、沖縄党は沖縄にあるすべての既存の政党党派のゆるやかな上部組織として、沖縄にふりかかる政治的危機や沖縄における政界再編などの局面において、状況変革の核の役割を果たすことが可能となるのではないか。

 この文章を書いている二〇一四年十一月二十一日に安倍晋三首相が衆議院を解散した。
 国民とすべての政党党派に異論がない「消費増税一〇%への一年半先送り」を国民に問うという、論理破綻の解散理由の裏で、本当は安倍一派の何をねらっての解散総選挙なのか。彼らが、沖縄県知事選挙の大敗北、集団的自衛権承認の憲法解釈変更、特定秘密保護法の強行制定などに煙幕をはって、第三次安倍政権を延長させ、究極的には憲法改正の最終目標達成に照準を合わせていることは明らかである。解散を告げる安倍晋三の物言いが、まさしく和製ヒトラーよろしく、元気いっぱい眼光するどくギラギラしたファシスト特有のパフォーマンスに自己陶酔していることが、そのことを物語っている。

 この総選挙において、沖縄の諸党派が沖縄党に再結集し〈反自民〉の統一戦線の下で戦えば、公約破りの沖縄選出自民党衆議院議員四名を全員落選させることが可能である。そうすれば、安倍晋三の野望に一矢を報いることができて、沖縄における有権者の政治意識の高さ、民主主義の健全さを世界に発信することができる。そしてまた、眠れる日本本土人を呼びさまし安倍内閣打倒のシグナルを沖縄から送る千載一遇の好機ともなろう。
 しかし、ここで、各政党党派が党利党略に走って旧来のセクト主義に陥れば、再び安倍自民党に漁夫の利を献呈することになり、安倍一派の野望=憲法改悪の悪夢のシナリオが現実の日本政治の舞台で演ぜられることを許すことになる。
 日本本土の野党勢力が党利党略に走らず、候補者調整などによって〈反自民〉の有権者意思を結集できれば、安倍自民党を過半数割れに追い込み、野党の連立政権樹立も不可能ではない。なぜなら、第二次安倍内閣を誕生させた前回の総選挙での自民党の得票数は、全野党の総得票数より約五〇〇万も少ないのに、議席数は圧倒的多数を獲得している。小選挙区制度の下での野党票の死票化は野党の多党分裂と党利党略が原因だからだ。
 野党間協力によって、前回の自民党のひとり勝ちの愚を繰り返さない状況を作り出せるのであれば、憲法改正を最大目標にしての自己の政権延命という安倍晋三の〈個利個略〉を真の理由とする解散総選挙の結末は、まさに安倍晋三という男が「夏の虫」ならぬ「飛んで火に入る冬の虫」に化ける瞬間となろう。
 それが、「真冬の夜の夢」に終わらなければよいのだが......。

三浦清宏「見えない世界と繋がる――我が天人感応」出版記念 講話会&サイン会
11月22日(土)13時~

室蘭市生まれの芥川賞作家、三浦清宏さんとゆかりの深い室蘭市の港の文学館にて『見えない世界と繋がる』の刊行を記念したイベントが開催されます。多彩な三浦清宏氏の文学世界に触れるチャンスです。お近くの方は、ぜひ、ご参加ください。

【港の文学館】 芥川賞作家の八木義德、三浦清宏、長嶋有にまつわる展示をはじめ、室蘭の文学・文化の創造の拠点として市民から親しまれている。

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